2009年2月27日金曜日

直流住宅

太陽光発電とか、自家発電だけですべての電力をまかなえたらいいだろうなぁ。そんなふうに考えたことはありませんか。例えば太陽光発電ではパネルで発生した直流電流をインバーター(パワーコンディショナー)で家庭用100V交流電流に変換し、商用電力と共用できるようにして、コンセントに供給しています。このインバーターには耐用年数があって、7~10年ごとに買い換えなければならないとか。

ところで、私が使っている携帯電話の充電器は、家庭用コンセントからACアダプターを介して携帯を充電しています。私の使っているパソコンもACアダプターを介して電力が供給されています。ACアダプターを使用しない家電製品も、内部では電源トランスを介して直流で動作しています。テレビやレコーダーももちろんですし、冷蔵庫やエアコンのコンプレッサーも洗濯機のモーターであっても直流です。ここで素朴な疑問が起こるでしょう。電化製品は直流で動作してるのに、なんで交流電流が供給されてるの? 変換しなくちゃいけないなんて、ムダくない? って。

12Vとか24Vとか定格直流が供給されていれば、変換しなくてもいいので、効率がいいし、余計な部品も必要なくなるし、いくらか安くてコンパクトになるんじゃないか。そのほうがスッキリするだろう。素人考えかもしれませんがそう思えてきます。送電が交流なのは、遠距離まで送電するのに交流のほうが電圧落ちが少ないからだそうです。でも発電所で発電し、それを送電して、家庭で消費する間、エネルギー損失が60%もあると聞くと、なんとも無駄なことをしているように感じます。家庭で発電して直流で利用すれば(直流電圧を安定させるためにコンディショナーは必要ですが)、ずいぶんスッキリするでしょう。つまり直流住宅の提案ですね。

と思っていましたところ、昨年、TDKが提案してくれました。「直流電化エコホーム」

“直流電化エコホーム”とは何か?

TDK、“直流電化エコホーム”に貢献する各種製品・技術をデモ展示



さて、大量消費をしているものを新しいもので代替しようとすれば、その新しいものも大量に必要です。まずはその前に、エネルギー消費のスリム化が必要なのです。省エネは高効率化生活、高効率化社会の実現から。

2009年2月25日水曜日

電機メーカーのニュース 2題

本日は原発の話題が結構ありました。

 起動操作中の東京電力福島第1原発1号機(福島県大熊町、沸騰水型、出力46万キロワット)で25日午前4時ごろ、原子炉の圧力異常を示す警報が作動した。このため制御棒を全挿入し同8時50分ごろ、原子炉を停止した。今のところ、放射能漏れや作業員への影響はないという。
 東電によると、1号機は定期検査を21日に終えて起動する作業中で、異常時の出力は約13%だった。送電系統への接続前だったため、原子炉で発生した主蒸気を発電タービンに送らず、「タービンバイパス弁」を通して逃がす予定だったが、8個ある弁がいずれも閉まっていたことが判明。弁を一斉に動かす駆動装置の連結部分が外れていることが分かった。その後、手動操作で弁を開放したほか、原子炉内の蒸気を自動的に逃がす安全弁も作動し、圧力異常は収まったという。【山田大輔】
と、まぁ、最近は原発事故の話題が多いですね。敦賀原発は雇用の問題から稼働停止を延期するという話しもあります。地震などの災害リスクの高い日本にとって原発等の核施設は深刻な課題です。ところがポスト石油という名目で(もちろんそこに利権があるでしょう。国内にも海外にも)、なにやら原発への動きもうごめいているようです。

 【テヘラン=久保健一】イラン原子力庁は25日、南部ブシェールに建設中の原子力発電所の試運転を同日開始したと発表した。
 本格運転が始まれば、中東地域で初の商業用原発となる。試運転には、ウランを含まない「模擬燃料棒」を使用。イラン学生通信によると、実際にウラン燃料を注入した試運転は約半年後に予定されているという。
(中略)
 中東では、イスラエルに実験用原子炉があるほか、トルコなどで原発建設計画が進められている。
(2009年2月25日20時41分  読売新聞)
これは、キナ臭い話題ですね。いよいよ動きがあるか....と思わせるような話題です。
そちらの方向ではなくても原発についてはこんな話題もあります。

 【ローマ=松浦一樹】イタリアのベルルスコーニ首相とフランスのサルコジ大統領は24日、ローマで会談し、原子力協力協定に署名した。
 イタリアは、フランスの協力で国内4か所に原発を新設し、2020年の運転開始を目指す。
 イタリアは1987年、チェルノブイリ原発事故を受けた国民投票で原発廃止を決定、以来、原発新設を凍結してきたが、昨年発足したベルルスコーニ政権は原発建設の再開方針を打ち出していた。
 イタリアが“脱・脱原発”にカジを切る背景には、世界的な原油価格高騰で近年、電気料金の大幅引き上げを余儀なくされたことや、欧州連合(EU)から温室効果ガス排出の大幅な削減を求められていることがある。
(2009年2月25日12時03分  読売新聞)
イタリアだけではありません。アメリカでも原発への動きがあるようです。

 [東京 25日 ロイター] 東芝は25日、米テキサス州の原子力発電プラントで原子炉2基に関連したプラント全体の設計から調達・建設までを一括受注したと発表した。東芝によると、日本企業が海外の新規原発プラントの建設で一括受注をするのは初めて。
 東芝は昨年3月、同プラントで原子炉2基の主契約者に選定され、建設までのエンジニアリングや主要機器などの納入を受注していたが、契約の対象範囲が拡大した。東芝は受注額を明らかにしていないが、2つのプラントの総事業費は8000億円規模とみられる。
原発御三家の一角、東芝の面目躍如ですね。8000億円のプラントですもの力も入ります。このお金、どこからでるんでしょ。石油文明は石油のバルブを握っている人が力を持ちますし儲けます。原発文明だったらなんでしょう。

かと思えば、一方ではこんな話題もあります。

【2月25日 AFP】都内で25日に開幕した第5回国際水素・燃料電池展で、ソニーが、ブドウ糖で発電するバイオ電池を展示した。
 ぶどう糖から電気エネルギーを取り出す仕組みで、「パッシブ型」バイオ電池では世界最高規模の70mWを発電する。
 展示では、ソフトドリンクから電気エネルギーを取り出したバイオ電池でファンを回転させたり、新型のバイオ電池で携帯音楽プレーヤーのウォークマンに電力を供給する様子を紹介した。(c)AFP
バッテリーが消耗したらモニター画面にお腹の空いた顔でもでるのかな。水素文明なら水素の供給は様々です。石油の出るところなら石油から、天然ガスの出るところなら天然ガスから、水力資源のあるところなら水力発電で、風の多いところなら風力発電で、バイオマスの多いところならバイオマスからも供給されます。もちろん電気を直接利用できるならそのほうがいいですけど、リアルタイムに使用できる場合できるとは限りませんから、保存するなら水素という形で保存します。するとエネルギー供給源が分散化されます。供給源の独占が成り立ちません。いろんなところで生産できることは既存構造を変革することになります。ところが供給源が多いということは、それだけではゴチャゴチャしてしまいます。それに、消費量が膨大ならば、追っつきません。そこで、まずサイズを小さくしておく必要があります。超省エネですね。そして、それを制御調整する必要があります。それが教育です。供給源の分散化の前に、サイズの縮小とこの構造を制御強制できる人材の育成が、まず必要になります。

2009年2月23日月曜日

中国は本気。日本はどうなの?

産経ニュースにこんな記事がありました。

 【北京=矢板明夫】「中国政府と中央銀行が米国国債への投資を続けることは、賢い選択だと私は信じる」「米国債は安全だ。われわれは同じ舟に乗っており、幸いなことに同じ方向に漕いでいる」-。クリントン米国務長官が22日、アジア歴訪を終え帰国の途につく際、テレビのインタビューに語った言葉が中国で反響を呼んでいる。米国国債の継続購入の是非をめぐり世論は二分している。
 香港紙「東方日報」(電子版)は、「中国を同じ舟に乗せようとしている米国に気をつけよう」と題した論評を掲載。すでに7000億ドル近い米国債を保有し、日本を抜き米国の最大債権国となった中国が将来、米国の財政悪化で国債暴落ドル安のダブルパンチを受け大損する危険性を指摘した。「ヒラリー氏が中国に提供しようとしているのは安全な箱舟ではなく、これから沈んでいく泥舟だ」とし、「中国は神様ではない。世界を助けられない」と米国に「ノー」を言うことを主張している。
 これに対し、中国社会科学院の国際金融研究センターの張明研究員らは、「米国経済が早く立ち直らなければ、輸出に頼る中国経済の回復も遅れる」などを理由に、米国債の継続購入を主張。このほか、「米国債を大量保有すれば米国への発言権が強くなり、中国の影響力拡大につながる」と指摘する外交筋もいる。
 しかし、一般市民の間では、購入継続への反対が圧倒的だ。大手ポータルサイト「騰訊網」が行った世論調査では、米国債の継続購入に反対する人は77%に達し、賛成の11%を大きく上回っている。書き込みによると、「なぜ貧乏人が金持ちに金を貸さなければならないのか」というのが最大の反対理由になっている。
アメリカの国債をこれからも引き続き購入するか否かの是非をめぐっての言論です。今回のクリントン国務長官が米中の緊密な関係言及した背景には、これまで通り米国債を買い受け、アメリカ経済を支えて欲しいという意味がある、との解釈があり、それに対して、「アメリカ国債は不良債権化する。これ以上アメリカ国債を購入するのは危険だ。手を引け」という意見と、「アメリカ経済に依存しているので、アメリカ経済が立ち直ってもらわないと困る。米国債購入を継続して支えるべき」という意見とがあって、前者が優勢なようだということです。もっとも中国政府は売っぱらうつもりだろうと思いますが。日本が大量に買い支えしているところで中国が売り抜ける、という絵が出来上がっているんじゃないでしょうか。

私が驚いたのは、これが中国での議論であるという点です。私は中国には安全な言論はないと思っているのですが、それでもアメリカ国債の購入を巡って賛否両方の意見が出され、その是非が議論されるという状況は、日本におけるそれよりも現実を直視した真剣な言論ではないかと思えたからです。もっともこの中国についての記事も一部の意見を紹介しただけかもしれないので、それだけで判断するわけにもいきません。77%という数字も、世論誘導のための作為的なものかもしれないし。とはいうものの、日本のメディアでアメリカ国債の購入を巡る議論をきちんと取り上げているところはあっただろうか。そしてそれに意見を寄せることは盛んだろうか。もしかして現状の日本より、中国のほうが自由で健全で闊達な議論がなされているのではと思ったら、ちょっと愕然としたというわけです。もちろん日本でもいろんなブロガーさんたちがこの問題は取り上げ指摘していますが、社会一般の共通なものにはなっていないように感じます。もしかしたら私たちが高を括っているうちに、中国の後塵を拝しているのではないかと危惧します。

これはなにも中国の見通しは明るいということを言っているわけではありませんん。中国も危機でしょう。しかし、中国のほうが日本よりも真剣さあるように感じるのです。すくなくとも、中国のほうが低廉賃金耐性は高いでしょう。行動力やコミュニケーション能力も高そうです。トップの方は戦略的でしたたかです。必要とあらば強行も辞さない決断力もありそうです。かたや日本のほうはというと、まだまだ現状認識ができずになんとものんびりしたように見えます。

3月から、世界初の大量生産プラグイン型ハイブリッド車「F3DM」の出荷が始まる。「DM」は2つの動作モードを表す「デュアル・モード」からとった。F3DMは1回の充電分でバッテリー走行では100キロ、ガソリンとの混合モードならば580キロの走行が可能だ。
自主ブランドメーカーとしては中国で最大の奇瑞汽車(Chery Automobile)が、ガソリンを使わない純粋な電気自動車を今週発表します。PHYSORG.comによると、車の名前はS18。充電に家庭用コンセントを用いる、いわゆるプラグイン電気自動車です。満充電までに必要な時間は中国の220Vコンセントで6時間。ただし30分あれば80%までは充電できるとされています。120km/hという最高速度は十分かつ必要以上ですが、満充電で150kmという走行距離は不安の残るところ。
100km走れれば、日常ユースそうそう支障はありません。これが、コンビニやファストフード店で充電できるようになれば、あっという間に全国に充電ステーションが展開できます。元安円高になれば購入可能な価格で日本にも入ってくる可能性があります。かたやアメリカにどっぷり足を突っ込んでいた日本の自動車メーカーは身動きが取れません。
上海ではキャパシタを利用したトロリーバスが運行しています。



このハイパーキャパシタ技術、もともとは日本の技術だったそうで、でも日本が金を出さないので中国に買われた、なんて話もききます(ホントかどうかはわかりません)。「中国は部品組み立てだけで、先端技術はない」なんて思っていませんか? 技術はなにも独自開発でなくても集まります。資本も技術も研究者も固定資産ではないのです。アメリカの国富や先端技術を抱えて、丸ごと中国にお引っ越ししようとしている人たちがいるなんて話も耳にしますよね。国家という概念など関係ない人もいますから。そうでなくてもデフレ競争、低賃金競争となれば日本は中国にかないません。日本の先端企業であっても、生産拠点を中国に移そうと考える考える企業があって不思議ではないでしょう。最近まで潤沢な資金で日本が買われるという話がありました。こんどは低廉なコストで日本が買われるということが起ころうとしています。安いものは中国製品、先端技術は国産品なんて思っていると、価格はもちろん技術でも中国に太刀打ちできなるなるおそれがあります。


なにも中国脅威論を振りかざそうというわけではありません。中国だって様々な困難を抱えて必死です。それよりも日本自身です。内輪もめしてこんがらがっている場合ではないでしょう。日本自身がしっかりして、未来を見据えていかねば始まりません。日本が目指すべきは超高効率社会、超省エネ社会、超低廃棄物社会という社会構造自体のイノベーションではなかろうかと思います。

飲み過ぎにはご注意

日米首脳会談ですね。オバマ大統領の最初の首脳会談だそうで、
ここで「外交の麻生」をアピールしたいとか。
でも、くれぐれも“飲み過ぎ”にはご注意を。




















2009年2月22日日曜日

「情報エントロピー」の心理的転用(覚え書き)

情報エントロピーとは、情報量とは

情報エントロピー (出典:『IT用語辞典』)
 情報科学の分野では、このエントロピーを「事象の不確かさ」として考え、ある情報による不確かさの減少分が、その情報の「情報量」であると考える。情報を受け取る前後の不確かさの相対値を「情報エントロピー」という。
 例えば、サイコロを振ったとき、結果を見る前はどの目が出たかまったく分からないので、不確かさ「情報エントロピー」は最大である。「奇数の目が出た」という「情報」を受け取ると、「情報エントロピー」は減少する。「1の目が出た」ことを知れば、結果は一意に確定し、「情報エントロピー」は最小となる。

情報量 (出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』)
情報量(じょうほうりょう、エントロピーとも)は、情報理論の概念で、あるできごと(事象)が起きた際、それがどれほど起こりにくいかを表す尺度である。頻繁に起こるできごと(たとえば「犬が人を噛む」)が起こったことを知ってもそれはたいした「情報」にはならないが、逆に滅多に起こらないできごと(たとえば「人が犬を噛む」)が起これば、それはより多くの「情報」を含んでいると考えられる。情報量はそのできごとがどれだけの情報をもっているかの尺度であるともみなすことができる。
なおここでいう「情報」とは、あくまでそのできごとの起こりにくさ(確率)だけによって決まる純粋に数学的な量のことであり、それが個人・社会にとってどれだけ意義のあるものかとは無関係である。たとえば「自分が宝くじに当たった」事象と「見知らぬAさんが宝くじに当たった」事象は、前者の方が有意義な情報に見えるが、両者の情報量は全く同じである(宝くじが当たる確率は所与条件一定のもとでは誰でも同じであるから)。
え~、情報理論はよくわかりませんが、ざっと言ってこんなことではないでしょうか。

あいまいな情報、はっきりしない情報、不明瞭な情報、不明確な情報、不確定な情報は、情報エントロピーが大きい。

あいまいでない情報、はっきりした情報、明瞭な情報、明確な情報、確定した情報は、情報エントロピーが小さい。

いつものことが起こった。ありきたりのことが起こった。毎度のことがおこった。予想通りのことが起こった。という情報は情報量が小さい。

稀なことが起こった。思いもかけないことが起こった。滅多にないことがおこった。予想外のことがおこった。という情報は情報量が大きい。

「本日も順調です」という情報は、情報エントロピーが小さく、情報量も小さいですね。
「放射能漏れがありました」という情報は、情報エントロピーが小さく、情報量は大きいです。
「田中くん、今日も愛妻弁当かもよ」という情報は、情報エントロピーが大きく、情報量は小さいですね。
「核兵器が使われるらしいぞ」という情報は、情報エントロピーが大きく、情報量も大きいということになります。

情報を受け取ったあとの脳の中ではどうでしょう。
「順調です」という情報を聞けば、情報ははっきりしているし、どうということもないので、脳の中はとりたてて作業が増えるわけではありません。サラっとしたものです。
「放射能漏れがありました」という情報を聞けば、それは確定した情報なので、事の真偽については混乱は少ない(とりあえず)ですが、その結果「どうしてだろう」「どうなるんだろう」「どうしたらいいんだろう」などといった連想が働きますから、脳内の不確定性、不明瞭性は増大します。脳の中の情報エントロピーは増大すると考えられます。
「愛妻弁当かもよ」という情報を聞けば、そうでないかもしれませんから多少は曖昧さを感じます。しかし毎度のことなので脳の中の作業が特に増えるほどではありません。
「核兵器が使われるらしい」という情報を聞けば、はたして本当にそうなのか不確定なので、それだけでも脳の作業量は増えますし、その情報を聞いた結果「どうしてだろう」「どうなるんだろう」あるいは「どういう効果を狙っての情報だろう」など、脳の中の不確定性、不明瞭性はさらに増大して、脳の中の情報エントロピーは極大化します。

ところで、情報理論では「ここでいう「情報」とは、あくまでそのできごとの起こりにくさ(確率)だけによって決まる純粋に数学的な量のことであり、それが個人・社会にとってどれだけ意義のあるものかとは無関係である」ということですが、心理的には、その人の脳にとって身近な出来事のほうが重大さや深刻さが違います。ですから、その人に直結する情報の方が、その後の脳内の作業は大きく、脳内に来す情報エントロピーの増大はより大きなものになるといえましょう。

また、情報の形態や内容によっても心理的な影響は違います。白黒画像のほうがカラー画像よりは生理的には情報量は少ないでしょう。しかし、その画像が死にそうな子供の写真だったら情緒的に大きく打撃を受けます。「なんでこんな・・・・」というように、脳の平常な日常を衝き壊し、混乱を引き起こします。その情報が稀であるかどうかだけではなく、その人にとって情緒的な反応を引き起こす強さもまた、その人の脳の情報エントロピーを増大させる要因といえましょう。

情報が脳を飽和する

そうしますと、実際の個人の脳にとっては、「稀な」「曖昧な」「身近な」「深刻な」「情緒的な」情報は、その人の脳内の情報エントロピーを増大させると言うことができるのではないかと思われます。稀な出来事が頻繁に起これば情報量は累積しますし、いろんな人がいろんな意見や見解を述べれば、例え内容が正しくても情報の正誤とは無関係に、それだけで情報量は増大します。その結果、不安や不信、疑念、混乱、困惑などが生じれば脳の中の情報エントロピーは極大化します。情報量の増加は脳を飽和します。それに対する反応としては入力制限と出力増加が起こると推測します。

入力制限とは、入力を制限するとは量的制限と質的制限が考えられます。量的制限とは情報曝露を少なくする方法ですね。ただただ寝るとか。質的制限とは自分にとって「お馴染みの」「わかりやすい」「どうでもいい」「深刻さのない」情報で置き換えてしまう方法です。お笑いやバラエティ番組だけ見るとか、お気に入りの趣味のサイトだけ巡回するとか、お決まりの物の見方で決めつけるとか。出力増加とは行動です。歌う、怒鳴る、暴れる。なんでもいいのですが、何かしらの行動によって熱エネルギーに変換してしまうことですね。そういう時には短絡的・衝動的な行動が多いでしょうが。

今日、これまでの常識では想像つかないような出来事が次から次へと起こります。まさか思いもよらない出来事も起こります。痛ましい事故、衝撃的な事件も起こります。ただでさえ膨大な情報を処理しながら生活しているのに、その上そのような情報量の大きい情報が折り重なるように加わります。それで脳が飽和してしまえば短絡的・衝動的な行動も多くなり、それでまた衝撃的な事件事故が起こり、情報量が・・・・。それに対するコメントも多種多様で、読んでいるとこれまた情報量が・・・・。(以下悪循環)

情報の海を航海する

では、どうしたらよいでしょう。情報が簡素な方が収まりがよいですね。「ワンフレーズ・ポリティクス」が有効なのは、そのほうが脳に入り易く、定着し易いからです(内容問わず)。脳は面倒くさいのを嫌います。「エコ」とか「CO2削減」とか言えば、中身を吟味せずに頭に入ります。宣伝広告の手法ですね。情報を明確化することも曖昧さを低減させるので入りやすくなります。「~かもしれないし、~かもしれない」というより「人生いろいろ!」というほうがスッキリするのです。「で、どうしたらいいんですか?」というのも明確さを求めての問いかけでしょう。このような情報の簡素化明確化は、情報をコンパクトにして負荷を小さくしようというアプローチです。しかし、コンパクトに簡素化された情報が、かならずしも内容を正しく反映しているとは限りません。恣意的な簡素化によって誤誘導されることもありえます。

通貨信用がなくなることは滅多にはありませんが、しかし歴史をみれば度々起こっていたことがわかります。知らなければ起こるはずのないことも、歴史知っていれば稀な出来事でもないことがわかっていることになります。何も考えずに生活していれば唐突で衝撃的な出来事でも、予め正しく予測されていれば唐突な出来事ではなく、予測通りの出来事となります。つまり知識によって情報の衝撃度は違ってきます。智識を得、正しく予測する練習をして、脳の情報処理能力の実力を付けることが、情報エントロピーの海を航海するコツなのではないでしょうか。

2009年2月21日土曜日

動乱の緊張高まる中国

【北京=野口東秀】中国では今年に入り、職を失った農民工(出稼ぎ労働者)に加え、土地の強制収用に反発する農民や元軍人らによる暴動やデモなど、当局への抗議行動が全国各地で相次いでいる。その規模は数百から数千人にのぼり、社会不安が顕在化し始めたとの見方も出ている。当局は、これら住民の不満層と、チベットなどの民族独立派、民主化活動家などが合流し、混乱が拡大する事態を警戒している。
(中略)
 公式発表では、2500万人の農民工が年内に失業する危機にある。経済の動向次第ではこれがさらに増え、暴動や犯罪も増加するとみられている。
 さらに、3月にはチベット動乱から50年、4月には気功集団「法輪功」の中南海包囲事件から10年など、当局が神経をとがらせる“記念日”を迎える。

産経ニュースで取り上げられた話題です。景気が急速に減退したこともあって、今年に入ってから中国での暴動やデモ、衝突のニュースを多く目にするようになりました。この報道であげられていた暴動、デモを地図にプロットすると、こんな感じになります。


【北京・浦松丈二】中国チベット自治区ラサで昨年3月に大規模な暴動が起きてから1年となるのを前に、中国当局は一部の外国メディアに同自治区での取材を認めた。現地は平穏を取り戻しているように見えるものの、1959年3月のチベット動乱から50年という節目を控え、当局は暴動の再燃に対する警戒を強めている。

【北京=尾崎実】中国政府が景気減速に絡んだ暴動の頻発に警戒を強めている。6月の天安門事件20周年を乗り切り、10月の建国60周年の式典を成功裏に開くため、公安当局は100万人態勢で首都・北京の警備に臨む方針を打ち出した。大量解雇などで労使問題が先鋭化している工場では、警官が全国規模で監視を開始。民主活動家らの摘発も強化し、民主化運動と社会不安が結びついて体制批判に発展するのを防ぐ考えだ。

中国は今年、建国60年、チベット動乱から50年、天安門事件から20年と節目の年です。振り返ってみると、---9年という年は中国で何かしら大きな出来事が起こっています。

1949年 中華人民共和国建国
1959年 チベット動乱~チベット臨時政府樹立
1969年 中ソ国境紛争、中国初の地下核実験
1979年 アメリカとの国交樹立、中越戦争
1989年 六四天安門事件
1999年 法輪功中南海包囲事件~全面禁止、マカオ返還
2009年

過去のパターンは現在に影響を及ぼします。何事か起こそうとする方も防ごうとする方もそれを意識しますので緊張が高くなります。大規模な農民反乱、動乱といったものが過去の権力構造にどれほどの影響を与えたか、それは中国自身が熟知していますから、当然神経を尖らせるのも道理です。そこにもってきて今年は不況、失業、加えて水不足、旱魃です。これは食糧不足、飢饉となる恐れがあります。他にも鳥インフルエンザ、エイズといった疫病の問題も抱えています。もう一つはエネルギーです。先日、融資の見返りにロシアから20年間にわたって石油の供給を受けるという報道がありましたが、お互いしたたかですからどうなるか。中国はエネルギーバッファが少ないので石油などのエネルギー供給が止まると一気に逼迫します。オバマがアフガン増派を決定したことから、中東(印パ~イラン~イスラエル)での緊張が一気に高まっています。ゴールドも石油もドルも高騰しています。腐っても鯛といいますか、有事の金、有事のドルですいからね。いや、日本も人ごとではないです。ホント。

中国の緊張が高くなるような状況は、日本にとっても同様です。さらに中国での動乱は日本へも当然影響するでしょう。「そちらはそちらでやってくれ」と思ったところで、現実的にはそうはいきません。

2009年2月19日木曜日

ビゴーの風刺画 (のパロディ)

ジョルジュ・ビゴー(出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』)
ジョルジュ・フェルディナン・ビゴー(Georges Ferdinand Bigot, 1860年4月7日 - 1927年10月10日)は、フランス人の画家、漫画家。
パリで生まれる。1876年にエコール・デ・ボザールを退学して挿絵の仕事を始める。1882年に日本美術を研究するために来日。1883年から1899年まで陸軍士官学校で講師をしながら、当時の日本の出来事を版画・スケッチなどの形で風刺画にあらわした。また、中江兆民の仏学塾でフランス語を教えてもいた。1894年に士族の娘・佐野マスと結婚し、1899年に離日するまで外国人居留地を中心として活動した。当時の日本人が興味を持たなかったものも多く題材としており、今となっては貴重な資料ともなっている。
ビゴーと言えば歴史の教科書で有名です。みなさんもこんな風刺画を見たことがあるのでは。(ウソ)


2009年2月18日水曜日

2009年2月17日火曜日

欲しいアメリカ製品

世界中が大変ですが、その中心のアメリカももちろん大変で、ドルが暴落すれば輸入品が買えない。では国内で生産できるかといえば、もうアメリカ国内で生産できるものなんてないのだ。などと言われたりします。何か輸出で稼ごうにも輸出できるものがない。実際のところアメリカ製品で欲しいと思えるものってあまりないように感じます。少なくとも私には。人によっては「F22ラプター!ラプたんを買おう」とか「第七艦隊を丸ごと買っちゃえ」とか言うかもしれませんが、実際、個人が買える程度で私が欲しいアメリカ製品ってなんでしょう?

アメリカブランドと思っていても、本当にアメリカで生産しているものかどうかはまた別です。DELLやマックがどれほどアメリカ製か。ナイキやGAPはどこで作っているのか。リーバイスやコンバースなどもメイド・イン・USAとなるとまた特別みたいです。アメリカで作っていたとしても、GM、フォード、クライスラーは別に欲しいと思わないし。金融商品は手を出したくないし・・・。

消費という意味ではエンターテイメントがありますね。ハリウッド映画、ディズニー、アメリカのTV番組シリーズ、ミュージカル、洋楽。メジャーリーグ、NBA、NFL・・・。しかし、どれも最近は興味が湧きません・・・。今、パソコン周りを見回してもパッと目につくアメリカ製品ってないんでよね。クロスのボールペンくらいかな。でも、そんな私でも、欲しいアメリカ製品があるのです。それは・・・

バーモントキャスティングス社の薪ストーヴ。それとロッヂ社のダッチオーブン。(ホントにアメリカで作っているのかは未確認です。スミマセン) 薪ストーヴといえば、ホンマ製作所がありますね。こちらは中国で生産することでリーズナブルな価格設定になっており、ホームセンターなどで見かけます。実は日本でも個人で薪ストーヴを制作している鍛冶屋さんっていうのはあるんですよね。

薪ストーヴについて見ていたら、こんな商品がありました。薪ストーヴの上にのせて稼働させる、スターリング・エンジンを用いたストーヴ・ファン。スターリング・エンジンは外燃機関ですから、薪ストーヴの熱を利用して稼働させるのは確かに理に適っています。これもアメリカ製でした。

これは外熱を用いた往復運動を回転運動に変換していますが、こんなのと組み合わせてば往復運動をそのまま発電に使えます。「薪ストーヴ発電」ですね。

・・・・・なんて、集合住宅の身には薪ストーヴなんて夢ですね。


2009年2月16日月曜日

高橋是清

高橋 是清
(たかはし これきよ)
1854年9月19日-1936年2月26日

高橋是清(出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』)
立憲政友会第4代総裁。
第20代内閣総理大臣(在任: 1921年(大正10年)11月13日-1922年(大正11年)6月12日)。
総理大臣としてよりも蔵相としての評価の方が高い。

嘉永7年閏7月27日幕府御用絵師・川村庄右衛門(47歳)ときん(16歳)の子として、江戸芝中門前町に生まれた。(中略)生後まもなく仙台藩の足軽高橋覚治の養子に出される。

その後、横浜のアメリカ人医師ヘボンの私塾(現・明治学院大学)にて学び、慶応3年(1867年)仙台藩の命令により、勝海舟の息子・小鹿(ころく)と海外へ留学した。しかし、横浜に滞在していたアメリカ人の貿易商、ユージン・M・ヴァンリード(Eugene M. Van Reed)によって学費や渡航費を着服され、更にホームステイ先である彼の両親に騙され奴隷契約書にサインし奴隷としてオークランドのブラウン家に売られる。牧童やぶどう園で奴隷としての生活を強いられ、いくつかの家を転々とわたり、時には抵抗してストライキを試みるなど苦労を重ねる。

明治元年(1868年)帰国する。帰国後の明治6年(1873年)サンフランシスコで知遇を得た森有礼に薦められて文部省に入省し、十等出仕となる。英語の教師もこなし、大学予備門で教える傍ら当時の進学予備校の数校で教壇に立ち、そのうち廃校寸前にあった共立学校(現・開成高校)の初代校長をも一時務めた。

その間、文部省農商務省(現・経済産業省及び農林水産省)の官僚としても活躍、農商務省の外局として設置された特許局の初代局長に就任し、日本の特許制度を整えた。官僚としてのキャリアを中断して赴いたペルーで銀鉱事業を行うが、すでに廃坑のため失敗。再び帰国した後に川田小一郎日銀総裁に声をかけられ、日本銀行に入行。その後、日銀副総裁、日銀総裁などを務め、ロンドン留学時代の人脈を利用して日露戦争の戦時外債の公募などで活躍した。明治38年(1905年)、貴族院議員に勅選。
(中略)
その後高橋は政友会総裁を田中義一に譲り政界を引退するが、昭和2年(1927年)に昭和金融恐慌が発生し、瓦解した第1次若槻禮次郎内閣に代わって組閣した田中義一に請われ自身3度目の蔵相に就任した。高橋は日銀総裁となった井上準之助と協力し、支払猶予措置(モラトリアム)を行うと共に、片面だけ印刷した急造の200円札を大量に発行して銀行の店頭に積み上げて見せて、預金者を安心させて金融恐慌を沈静化させた。

政友会総裁犬養毅が組閣した際も、犬養に請われ4度目の蔵相に就任、金輸出再禁止(12月13日)・日銀引き受けによる政府支出(軍事予算)の増額などで、世界恐慌により混乱する日本経済をデフレから世界最速で脱出させた。また、五・一五事件で犬養が暗殺された際に総理大臣を臨時兼任している。続いて親友である斎藤実が組閣した際も留任(5度目)。また1934年に、共立学校での教え子にあたる岡田啓介首班の岡田内閣にて6度目の大蔵大臣に就任。インフレを抑えるために軍事予算を縮小しようとしたことが軍部の恨みを買い二・二六事件で赤坂の自宅二階で青年将校達に暗殺された

今日の扱われ方を見ると、手腕に比してどうも評価が低いような印象を受けます。ここにも「水兵問題」が垣間見えるようですね。

2009年2月15日日曜日

五胡十六国小辞典(書きかけ)

以下の内容は、フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』を引用、参照しています。

五胡十六国時代(ごこじゅうろっこくじだい) : 304年-439年。中国の時代区分のひとつ。304年の漢(前趙)の興起から439年の北魏による統一までを指す。五胡十六国とは、当時中国華北に分立興亡した民族・国家の総称で、五つの異民族、十六の国という意味だが、「五」や「十六」という数は正確ではなく、「多民族・他国家」ととらえるのが妥当。

五胡(ごこ) : 支那大陸中原周辺に住む諸民族のうち、匈奴・鮮卑・羯・テイ・羌の五つを指す。羯は匈奴の中の一部族。

匈奴(きょうど) : 紀元前5世紀ごろから5世紀にかけて北アジアに存在した強大な遊牧民族。またはその遊牧国家。4~6世紀に東欧や地中海諸国に侵入したフン族と同族であるとする説も有力である。モンゴル系、テュルク系などの諸説があるが定説は無い。民族の連合体という説や政治集団の名前であるという説もある。かなり早い時期からモンゴル高原に存在していたと思われ、紀元前5世紀ごろからスキタイ文化を取り込んで、優れた騎馬技術と武器により周辺諸国を圧迫した。八王の乱によって中国が大混乱した状況を見て単于の血筋である劉淵は自ら皇帝を名乗り(後の前趙)を建て(304年)、これが五胡十六国時代の
始まりとなる。
【図 冒頓単于の頃の匈奴の領土】
単于(ぜんう):匈奴など北アジアの初期遊牧国家の君主の称号。中国の王や皇帝に相当する。
冒頓 単于(ぼくとつ ぜんう、?-紀元前174年):秦末~前漢前期にかけての匈
奴の単于。

鮮卑(せんぴ) : 紀元前1世紀頃から6世紀にかけて中国北部に存在していた遊牧騎馬民族。東胡から出た民族で、言語学的にはモンゴル語系統という説が強い。テュルク系とツングース系との混血とする説も有力。牧畜、狩猟を生業とし匈奴に服属していたが、匈奴が北と南に分裂すると半独立状態になった。八王の乱が起きると鮮卑族は傭兵として雇われ、徐々に中国内部に移住するようになった。匈奴の劉淵が独立して前趙を建てると、鮮卑族もこれに倣い中国に国を建てた。

(けつ) : 匈奴内の一部族であり、羯室と呼ばれる場所に住んでいた事からこの名前がある。当時の羯族は経済的に困窮し、飢饉戦乱の中、部落は離散した。羯族の石勒は流浪の旅の後、奴隷の身となるも、八王の乱の混乱に乗じて群盗となった。匈奴の劉淵が漢(前趙)を興していたのでこれに307年に帰順し、後に独立して趙(後趙)王を名乗った。

テイ : 紀元前2世紀頃から青海で遊牧生活を営んでいた遊牧民族。チベット系との説がある。テイ族は前漢代より甘粛・陝西・四川に居住し、漢の支配下に入っていたため漢化が著しく、後漢末期にはほとんど定住農耕民として暮らしていた。西晋が衰亡して匈奴、鮮卑が侵入するとテイも東へ移動し成漢、前秦、後涼などの国を建てた。中でも前秦苻堅は華
北を統一したが統一を目指した南征軍が東晋に大敗してからは分裂していき、最後のテイ人国家であった仇池が滅ぼされると漢人に同化されていき、史書から姿を消した。一部の部族は現在のミャンマーに南下し、パガン王朝を建国したという。

(きょう) : 羌は古代より中国北西部の青海で遊牧生活を営んでいたチベット系民族。タングート、蔵人、番子などとも呼ばれる。その「羌」字の象形は、牧羊する人を指していると言われる。青海、チベットの周辺で生活し、漢代には漢領内に進入したりもした。西晋が衰亡後、中国に匈奴や鮮卑が侵入すると、羌も同じように陝西に入り、自らの国を建てた。その後前秦に吸収されるが、前秦が東晋に大敗し分裂すると羌も陝西に割拠し後秦を名乗った。後秦は417年に東晋の劉裕に滅ぼされる。現在羌族は四川省アバ・チベット族チャン族自治州内に集住している。

十六国(じゅうろっこく) : 304年の漢(前趙)の興起から439年の北魏による統一までに勃興・滅亡した
国の中で、特に、前涼前趙成漢後趙前燕前秦後燕後秦西秦後涼南涼北涼南燕西涼北燕を指す。

前涼(ぜんりょう,301年-376年) : 漢族の張軌によって建てられた国。始祖の張軌は前漢の太祖劉邦の部下張耳の末裔。西晋の役職を務めていたが、八王の乱の混乱から退避して、301年河西に移り涼州刺史(長官)となって現地の鮮卑を討ち半独立の勢力となる。376年、統一を目指す前秦の前に降伏し前涼は滅び、前秦の華北統一が完成した。

前趙(ぜんちょう,304年-329年) : 南匈奴の単于の末裔劉淵によって起こされた国。国号は当初は漢であったが、316年に晋(西晋)を滅ぼした後、318年に国号を趙に変えた。部下の石勒が自立して趙を名乗り、これに破れて328年に滅亡した。劉淵の趙を前趙、石勒の趙を後趙と呼び区別する。

成漢(せいかん,304年-347年) : チベット系テイ族の一派である李雄によって建てられた国。298年父李特が6郡の流民を率いて蜀に入り、李雄の代なって四川を掌握して国号を成とした。李雄は善政に努め繁栄したが、李雄の死後、皇位継承争いから国は傾き、国号を漢に改めたがその後も暴政によって衰退し、347年に東晋に征討され滅んだ。

後趙(こうちょう,319年-351年) : 羯族の石勒によって建てられた国。石勒は劉淵の部下であり西晋の討伐に大きな功績を挙げた。劉淵の死後反乱が起きると石勒はこれを鎮圧し、その後独立して趙王を名乗った(後趙)。329年に石勒は前趙を滅ぼして皇帝を称したが、石勒の死後は後継争いから国力が消耗し、漢族の冉閔に国を奪われ、351年に滅んだ。

前燕(ぜんえん,337年-370年) : 鮮卑族の慕容コウによって建てられた国。鮮卑の慕容部族は西晋の傭兵として他の部族と抗争していたが、慕容コウは前趙に抗して燕を起こした。息子慕容儁は350年、後趙を滅ぼした冉魏を落として華北東部を支配下に入れた。慕容儁の死後、息子の慕容イが皇位についたが、実力者慕容垂を排除しようとして人望を失い、370年に前秦によって滅ぼされた。

前秦(ぜんしん,351年-394年) : チベット系テイ族の苻健によって建てられた国。国号は秦。西秦と後秦と区別して前秦と呼ぶ。テイ族は初め前趙に従っていたが、前趙が後趙に、後趙が冉魏に滅ぼされて東晋に服属した。351年テイの苻健は東晋から独立して秦を起こし、東晋の北伐を撃退して勢力を伸ばした。苻健の甥にあたる3代の苻堅は明敏多才であり、漢人王猛を登用して内政の充実を図り、前燕・前涼・代といった国々を次々と滅ぼして華北を統一した。383年、南北統一を目指して南下したが、ヒ水の戦いで東晋に大敗し敗走した。これを機に諸部族が謀反し、後涼・西秦・後秦・北魏・西燕・後燕などの国々が独立した。前秦は衰え、394年、後秦に滅ぼされた。
【図 前秦と東晋の領域】

後燕(こうえん,384年-407年) : 鮮卑族の慕容垂によって建てられた国。慕容垂は前燕の皇族であり有能であったが、謀殺されそうになったため弟とともに前秦に亡命した。華北を統一した前秦がヒ水の戦いで大敗した際には前秦の苻堅を守って長安に連れ帰った。慕容垂は弟に苻堅を殺して自立しようと誘われるが、それは出来ないと断り、東を鎮めると言う名目で故郷に戻り、翌384年に自立して燕王となって華北東部と遼西を領有した。高句麗、北魏と抗争を繰り広げたが、407年、漢人将軍馮跋が皇帝を廃して北燕を起こしたことで後燕は滅んだ。

後秦(こうしん,384年-417年) : 羌の姚萇によって建てられた国。諸氏乱立の中、羌族の姚氏は時勢を見ながら服属先を変え、姚萇は前秦に伏した。前秦の苻堅に重用され姚萇は多大な功績を挙げたが、384年前秦から自立した西燕の討伐に向かったが敗れ、渭水北岸へ逃れた。ここで盟主に推され秦王(後秦)を称した。その後、前秦と西燕との抗争の間隙をついて長安以北を次々占領し、内乱によって長安を放棄した西燕に替わって労せず長安を占拠した。その後東晋との緊張が高まる中、内部の分離独立が続き国力は急速に衰退した。417年、東晋に攻め落とされ滅んだ。






2009年2月13日金曜日

人の不幸は蜜の味

ねたみの脳内メカニズム解明=他人の不幸喜ぶ感情と関連-放医研など
ねたみや他人の不幸を喜ぶ感情に関する脳の働きを、放射線医学総合研究所(千葉市)などの研究チームが明らかにした。ねたみは脳内の「痛み」に関する部位が働き、ねたむ相手の不幸で「報酬」にかかわる部位が活動していた。13日付の米科学誌サイエンスに発表した。
「ねたみ」のメカニズム解明
自分よりも恵まれた人を「ねたましい」と思う時には体の痛みを感じる脳の部分が活発に働き、ねたみの反応が強い人ほど、ねたんだ相手の不幸を快感だと感じる傾向があることが脳の働きを調べた研究でわかりました。

「妬ましくて心が痛い」「人の不幸は蜜の味」なのですね。内心妬みを感じていた相手が不幸に見舞われたら「ザマアミロ」というわけです。報酬系があるってことは依存(中毒)を形成することもありそうですね。人を妬んでは、人の不幸に快感を感じる。人の不幸や人が惨めになるのを喜ぶこと自体が目的化してしまっている人ですね。「人の不幸」依存症とか、「ザマアミロ」中毒とかとなりましょうか。それが目的化し、受動的に人の不幸を待つよりも能動的にその報酬を獲得しようと行動する人もいそうです。積極的なら「相手を填めて陥れる」というのがあります。そこまででなくとも「人の足を引っ張る」とか「人を貶める」とか「こき下ろす」とか「陰口を言って同調者を募る」とか。「あの子は性格が悪い」とか言ってささやかに溜飲を下げたりします。イジメのメカニズムにもつながるかな。得てしてイジメる側がイジメる相手になんらかの嫉妬羨望をもっていることはままあることですからね。それは“端から見て”とは関係ありません。勉強もスポーツもできる、誰から見ても優等生の子が、「アイツは愚図のくせに、お母さんから優しくされている」というだけでパッとしない子に妬みをもつことだってありますから。もっともイジメの原因がすべて妬みだといっているわけではありません。

ところで近年の我が国の総理大臣もえらく叩かれてこき下ろされています。国の総理ですからしっかりして欲しいわけなので、情けないと感じることも多々あります。しかし最近のメディアの侮蔑っぷりには、妬みと「ザマアミロ」心理が混入しているかもしれませんね。毛並みはいいし、お金持ちだし、その上エラいし。さて、妬みの対象は様々ですが、身近な相手ほど強く感じやすいようです。テレビで見るきれいなモデルさんに感じる羨ましさには現実感がありませんが、同じクラスの美人のA子に感じる羨望や嫉妬のほうは生々しいわけです。そのA子がふられたりすると「えぇ~なんでぇ~かわいそー」なんて言いながら、まんざらでもないわけですね。より身近で感じたくて、わざわざ慰めにいったりして・・・。嫉妬羨望には邪気がありますから、嫉妬羨望の目で見られていると邪気に当たります。なのでそれを意識的無意識的に知っている人は目立たないように、相手の嫉妬羨望を無闇に刺激しないように振る舞います。「能ある鷹は爪を隠す」「実るほど頭を垂れる稲穂かな」というのは、そういう意味でも賢明で理に適ったことなのですね。もっとも過剰に卑屈になるのがいいわけではありません。「君子豹変」といいますが、立派な人は普段は目立たぬように潜んでいても、いざとなれば見事に変身し鮮やかに事を成し遂げます。ところで普段あまり意識しないかもしれませんが、日本人であることはそれ自体が嫉妬羨望の的になることがあります。まぁ逆になめられることもありますが。

話を戻しまして。妬みが痛みを、相手の不幸が快感を引き起こすのなら、そして妬みが強いほど引き起こされる快感が大きいのなら、その快感が目的化する報酬系・依存が成り立つのでは、ということを申し上げました。しかしこれでは嫉妬羨望と不幸を喜ぶ快感だけの人生になって、なんだか健康的な感じがしません。社会も足の引っ張り合いだけでは何の発展性も感じませんね。でも大丈夫。人間には「憧れ」や「尊敬」、「努力」や「向上心」というものもありますから。えっ? それが最近感じられないって。 うーん・・・。ではどうやってそうした嫉妬羨望を克服してゆくのでしょう。嫉妬羨望は人の心に自然と起こるものなので、「妬みを無くしよう」といった掛け声だけではなくなりません。「無くした」と思っても心の底のほうに沈んでいるだけということもあります。それを上手く扱う術を身に着け、同時に自分自身を磨くことが大事なようです。怨念よりは皮肉や風刺のほうがいいでしょう。「不幸になればいいのに」から「キレイになって見返してやる」のほうがまだ行動があります。「何でアイツばっかりが」より「オレのほうがスゴイ論文を書いてやる」のほうがまだ向上心があります。嫉妬羨望を競争心や向上心に置き換え転換すれば、ドロドロした怨念をもっとマシな建設的なものにしていける可能性が生まれます。さらにその向こうに「より質の高いもの」とか「より見事なもの」とか「人のため」とか「世の中のために」とかの目的が見いだせるようになれば幸いですね。妬みの扱い方にも上等なもの、そうでないものがあるものです。それを身に着けるためには・・・結局、教育・学習ということになるのではないでしょうか。学校教育という狭い意味ではなく。


2009年2月12日木曜日

僕らを乗せてどこへ行く

ひょっこりひょうたん島
作詞:井上ひさし/山元護久
作・編曲:宇野誠一郎
歌:前川陽子

波をちゃぷちゃぷちゃぷちゃぷかきわけて
雲をすいすいすいすい追い抜いて
ひょうたん島は どこへ行く
僕らを乗せて どこへ行く

丸い地球の 水平線に
何かがきっと 待っている
苦しいことも あるだろさ
悲しいことも あるだろさ
だけど 僕らは くじけない
泣くのはいやだ 笑っちゃおう
進め  ひょっこりひょうたん島
ひょっこりひょうたん島
ひょっこりひょうたん島


1つの浮体に5MWの風車を11基載せますから、理論的な最大値は55MW。実際はその半分で25MWというところでしょうね。原子力発電所は1基で100~125MWなので、4~5隻の浮体で1つの原子力発電所相当になります。現在、55基約5000万kWの原子力発電所で日本の電力需要の3割強を担っていますから、洋上風力発電ですべての電力需要をまかなおうとすれば、6000隻が必要という計算です。
(中略)
浮体上に自動車工場などを載せ、風車で作った電気を直接利用するのが理想的です。浮体はバラストを載せないと浮かび上がってしまうほどですから、上に重量物を載せることは問題ありません。ここで作った工業製品を直接海外に輸出すれば、輸送費も抑えられます。
【参考資料】

洋上に浮かぶ巨大人工島。海上の風力発電します。台風が発生すれば丁度良いところまで近づいて、台風の進路に沿って移動しながら最大効率を確保します。発電した電力で水を電気分解し、発生した水素で水素化物を合成して燃料電池のキャリアを製造します。もう一方の酸素は水中にブクブク。プランクトンの発生を促して魚の天然養殖。魚は食糧に、食残はリンを含む魚肥に。
さて、生産された燃料電池キャリアは消費地に運ばれ、これを反応させて電力を取り出します。それと同時に水素は酸素と結合してが発生します。ということは、エネルギー食糧肥料が生産されるわけですね。しかも自走式ですから、必要な処にもって行けます。ペルシア湾に浮かべれば、砂漠に水と肥料をもたらしますし、東京湾に浮かべれば酸欠の死の海に酸素を供給します。工場を一緒に乗せちゃえば、必要物資や医薬品なんかも工場ごと出前できます。

聞くところによると、これって一兆円かかるそうです。ということは特別給付金2隻できますね。安いものです。そのうえ有効需要有効雇用も創出されます。でも、そうそう容易くはいきません。これだけ多分野にまたがる巨大プロジェクトですから、話がまとまらないのです。手間がかかりすぎて話が前に進まない。ここにも省手間問題が出てきます。では、手間が大幅に省けたらどうでしょう。メガフロートプロジェクトも進みますが、同時に手間が省けるようになれば、社会全体が高効率化しますから消費エネルギーも少なくて済みます。メガフロート風力発電だけじゃ現在のエネルギー消費を代替することはできませんが、消費自体が小さくなれば、相対的に代替できる割合は大きくなります。まず超高効率化によって消費のサイズを小さくすること。これが前提になければ始まりません。そのためには手間が大幅に省けるような物事の進め方が必要になります。すべては省手間問題の解決からです。

ところでこんな大きなプロジェクトってありましたでしょうか。あります。古代人、恐るべしです。


2009年2月11日水曜日

手間の定量化

先日、恒例の「第一生命 サラリーマン川柳コンクール 100句」の発表がありました。今回で22回なのだそうです。その中で私の印象に残った作品の一つが、
妻が聞く ウソの単位は バレルなの
です。ウソの単位がバレルというのは洒落てますね。ウソがばれて離婚にいたり1000万円の慰謝料を請求されたなんてことになれば、1バレル1000万円ということです。これはつまりウソの定量化ですね。そもそも慰謝料というのが怒りや悲しみの定量化ですが。

たとえ便宜的なものであっても、本来定量化しにくいものをあえて定量化することで、物事を進める役に立つということがあります。介護保険をお使いになったことがありますか? 身体に障碍がある、あるいは痴呆があるなどしてお世話が必要だとなれば、その際、どの程度の介護が必要であるかということを評価するために、要介護認定というものを受けます。その「どの程度の介護が必要か」ということを定量化する考え方が、要介護認定等基準時間なのです。これは手間を時間換算して、どれだけの介護が必要かという目安としているものです。つまり、手間の定量化ですね。ちなみに単位は(分)です。


一次判定
市町村は、認定調査の結果と医師意見書の内容をコンピュータに入力し、全国一律の基準により介護にかかる時間(要介護認定等基準時間)を一次判定結果として算出する。

要介護認定等基準時間
要介護認定等基準時間は、介護の必要度を示す指標を、介護にかかる時間であらわしたもの。単位は分。 認定調査の結果及び医師意見書の一部項目に基づいて、以下の5つの分野ごとに推計された時間の合計を用いる。
 1. 入浴、排せつ、食事等の介護
 2. 洗濯、掃除等の家事援助等
 3. 徘徊(はいかい)に対する探索、不潔な行為に対する後始末等
 4. 歩行訓練、日常生活訓練等の機能訓練
 5. 点滴の管理、褥創(じょくそう)の処置等の診療の補助等

要介護認定等基準時間の推計方法
一分間タイムスタディ・データを元に、樹形モデルによる推計方法が作成された。「一次判定ロジック」ともいう。統計処理ソフトS-PLUSの樹形モデル作成機能が使われた。
この樹形モデルによる推計値の算出は手作業では手間がかかるため、国がソフトウェア化したもの(一般的に「認定ソフト」または「一次判定ソフト」などと呼ばれている。)を市町村へ配布している。認定調査の結果(2003年(平成15年)度以降は、医師意見書の一部項目も)を認定ソフトに入力すれば、対象者の樹形モデルによる介護に要する時間(要介護認定等基準時間)の推計値を算出できるようになっている。

とはいうものの、実際には「手間=時間」ではありません。大声で興奮し抵抗する人をなだめながら着替えさせるとか、四方に塗りたくられた便を掃除するとか、所要時間以上の疲労があるものです。ですから私は手間を定量化するならば「所要時間×精神的疲労係数」で考えたほうが妥当ではなかろうかと思います。差し詰め単位は(mdk:マンドクサ)とでもしましょうか。

手間を定量化できるのなら、これはなにも介護に限ったことではありません。会議についやす時間と労力とか、物品を購入するのに必要な申請書を書く面倒とか、定量化してみたいものは沢山あります。きっと大きな組織や役所・省庁などは、mdk値が高いんじゃないでしょうかね。省エネだけじゃなくて「省手間」を計ることが必要なのでは。それが実は省エネにもつながるし。きっと労働精神保健上もいいですよ。

2009年2月8日日曜日

『なぜ戦争が起きるのか(小学生向き)』を読んで

永井俊哉さんがご自身の「なぜ戦争が起きるのか」というコラムを、小学生向きに説明した「なぜ戦争が起きるのか(小学生向け)」というコラムを書いておられます(何か刺激されるのか、コメント欄がなんとも気の毒な具合ですが)。たいへん要点を明確に解説したわかりやすいコラムなのですが、ここではさらにそれを要約してみます。

「なぜ戦争が起きるのか(小学生向け)」の要約

1. 作りすぎ→不景気→物余り・人余り

物がたくさん売れるので会社はたくさん作る。たくさん作ると売れなくなる。売れ残りが増えるので値段を下げる。買い手はもっと下がるのを待つのでますます売れなくなる。会社は儲からないので給料を安くしたり、クビにしたりする。みんなが貧しくなるのでますます売れなくなる。どんどん安くなり、ぜんぜん売れなくなることを「デフレ」という。

2. 戦争→物不足・人不足

そこで増えすぎた物と仕事のない人を減らさなくてはいけない。でも自分の国の物を壊したり人を殺したりはしづらい。そこで外国が悪いことにして標的を作る。相手の国も同じことをしているので戦争が起きる。戦争が起きるとみんな敵に立ち向かう。仕事のない人も軍隊に入って仕事が出来る。仕事が無くて惨めな思いをするよりは国の英雄のほうがいい。

3. 値上がり→好景気→作りすぎ

戦争が起きると物を壊し人を殺す。物不足と人不足が起こる。値段が上がり、仕事が増えて給料が上がる。みんな値上がりする前に買おうとする。物が売れて会社は儲かる。給料は上がる。みんなお金が増えてますます欲しいものを買う。ますます売れて、ますます値上がりすることを「インフレ」という。そして会社はどんどん作る。

会社が調子に乗ってたくさん物を作るとまたデフレになるので、戦争を起こさないためには景気が良くなりすぎないように、物が余らないようにしなくてはいけない。

と、こういう感じです。戦争の是非善悪では戦争はなくならないということですね。戦争を起こさなくする手っ取り早い方法としてお金をどんどん発行してインフレにしてしまうという手があります。これも一歩間違えばハイパーインフレとなって行き着く先はジンバブエです。戦争は起こらないかもしれませんが、社会は無秩序化します(一応戦争状態は戦時なりの秩序があります)。現在はどうでしょう。世界的な大不況です。しかも消費をまかなっていたアメリカ市場が冷え込んだので、一気に売れ残りが出て、失業が増えました。物余り・人余り局面ですね。

さて、永井さんが戦争を起こさないための方法として、景気の過熱を抑え、物が余らないようにすることをあげていますが、これはどうしたら可能でしょう。そもそも需要と供給、生産と消費の平衡していれば良いのですが、この平衡がとれないところに物不足、物余りが生じるわけです。ではなぜ需要と供給、生産と消費の平衡が保てないのか。需要と供給、生産と消費のフィードバックにタイムラグがあるからでしょう。私はここで、子供の頃一人でシーソーの上でバランスをとって遊んんだことを思い出します。片方を傾けて、急いでもう一方に移動してシーソーが底を打たないようにする。そうするとこちらが降りてくるので、また向こうへ移動する。そのうちに間に合わなくなり底を打ってしまうのですが、そのハラハラ感が面白いわけです。実はこれ、ご存じのように支点あたりに立って細かく調整すればほとんど平衡のまま保てます。つまり、極小タイムラグで微調整する高速平衡システムがあれば、この「物が余らないようにする」ことは可能なのではないでしょうか。

2009年2月5日木曜日

先がない
































































今回は4コマ漫画にしてみました。
イギリスもダメ、アメリカもダメ。現状日本が一番有利なところにいるのだし、世界だって日本になんとかしてほしいと思っているのではないかと思うのですが、上の方がまぁアレなのでさぞかしガッカリしているのでは。中国も後がなくて必死ですから、「モタモタしてるんならオレによこせ!」ってなもんでしょう。

2009年2月2日月曜日

後がない


冊封(さくほう)とは、中国王朝の皇帝がその周辺諸国の君主と「名目的」な君臣関係を結ぶこと。これによって作られる国際秩序を冊封体制と呼ぶ。
(中略)
冊封国には毎年の朝貢、中国の元号・暦(正朔)を使用することなどが義務付けられ、中国から出兵を命令されることもある。その逆に冊封国が攻撃を受けた場合は中国に対して救援を求めることが出来る。
(中略)
冊封が行われる中国側の理由には華夷思想王化思想が密接に関わっている。(中略)つまり夷狄である周辺国は冊封を受けることによって華の一員となり、その数が多いということは皇帝の徳が高い証になるのである。また実利的な理由として、その地方の安定がある。
冊封国側の理由としては、中国からの軍事的圧力を回避できること、中国の権威を背景として周辺に対して有利な地位を築けること、当時朝貢しない外国との貿易は原則認めなかった中国との貿易で莫大な利益を生むことが出来ることなどがあった。
(中略)
冊封の最も早い事例としては前漢初期に南越国・衛氏朝鮮がそれぞれ南越王、朝鮮王に冊封されたことが挙げられる。その後、時代によって推移し、清代にはインド以東の国ではムガル帝国と日本を除いて冊封を受けていた

周王朝では、諸侯が君臣の礼を誓う変わりに、王がその領土を認める封建制でありましたが、春秋戦国時代の後、統一を果たした秦では、皇帝が天下の全ての土地を直接支配する郡県制がしかれました。その後の漢では皇帝に従う代わりに国を治める郡国制とし、周辺民族の国が天下を所有する支那王朝と矛盾無く併存できるような調整が図られました。この、周辺国が冊(文書)によって国王に封建されるという仕組みが冊封です。冊封を受ける事は安全保障となり、支那規格や朝貢恩賜貿易に参加することになります。これは長く東アジア地域での国際関係の枠組みとなっていました。

日本との関係でいえば、後漢初期、倭の奴国の王が後漢・光武帝より「漢倭奴国王」の爵号を受けていますし、後漢滅亡後は邪馬台国の卑弥呼が魏によって親魏倭王の爵号を受けています。その後一世紀にわたり支那王朝との接触のなかった倭国は、推古天皇時代に遣隋使を送りますが、「日出處天子致書日沒處天子無恙云云」で始まる国書を送るなど、冊封体制とは一定の距離をとっています。また、白村江の戦いに敗れた日本は遣唐使を送って唐に朝貢し、関係修復を試みていますが、この時も冊封を受けることはありませんでした。

ところが南北朝~室町時代には、和冦鎮圧を要請したい明と、国内での権威の裏付けを目論む南朝および北朝室町幕府は思惑が一致し、それぞれ日本国王の冊封を受けています。なおいずれの場合も天皇は冊封を受けてはいません。「国内の政争のために支那に擦り寄り冊封を受けるとは!」と思いますが、考えてみれば現代もあまり変わりはないように見えます。

明滅亡後、清代には冊封体制の範囲は北アジアから東南アジアまで大きく広がりましたが、ムガル帝国と日本のみが冊封体制の外にありました。19世紀、欧州列強がアジアに進出し、清国はアヘン戦争によって条約体制に参加せざるを得なくなり、清仏戦争によってベトナムがフランスの植民地となりました。そして1895年、日清戦争で日本に敗北したことにより、清朝最後の冊封国・朝鮮の独立を認めざるを得なくなり、ついに冊封体制が完全に崩壊することとなったのです。つまり、最終的に支那王朝冊封体制を崩壊せきめたのは日本だったというわけです。

近年では、1992年(平成4年)宮沢内閣時代に今上天皇が天安門事件後の中国を訪問した際、中国側が天皇に金印を授けようとしたため側近があわててこれを遮ったという事件がありました。


中国の事情

さて、前回はアメリカが弱体化すれば日本は核の傘を失い、そのため周辺の核保有国と丸腰のまま向き合うことになる旨を話しました。しかし、周辺の国が日本を核攻撃する差し迫った理由がなければ、当面のリスクはないかもしれません。切羽詰まったような事情がなければ何も好きこのんで核攻撃する必要もないのですから。伊達や酔狂で核のスイッチを押す事もありません。ところが、アメリカ、ロシア、中国、北朝鮮。いずれも相当苦しい状況にあります。アメリカは経済が打撃を受け失業者が増大して大変な状況です。しかし安保を解消して日本に核を打ち込む事にメリットはありません。ロシアも危機的な状況のようですが、ロシアにしてみれば押したり引いたりしながら援助を引き出し、ガスのパイプでも直す方がいいでしょう。北朝鮮の核カードにしても、日本の譲歩や支援を引き出す以上のことはできないでしょう。しかし中国はちょっと違います。中国にはもっと別な意味で切羽詰まった事情があります。中国は日本を恐れてはいません。日本に中国を支配することはできませんから恐れる必要はないのです。中国が恐れるのは中国人民です。人権だとか民主主義とかとは関係なしに、中国には法理なり掟なりの秩序が必要です。その秩序のタガが外れて15億の無秩序となることが最も恐ろしいことなのです。そしてその無秩序、混沌が発生するような圧力が高まっています。一つには経済危機のよる失業・貧困の問題です。そもそも中国が景気が良かったのは製品輸出です。その最大の顧客がアメリカだったわけです。取り立てて代替不能な先端技術があるわけでも、ブランド力があるわけでもありません。需要が縮小すれば即打撃を受けます。
今年は楽観的とは程遠いムードが漂っていた。政府推定では、昨今の経済危機により、すでに600万人の出稼ぎ労働者が職を失っている。(c)AFP
約1億3000万人の農民工(出稼ぎ労働者)のうち、金融危機などによる工場閉鎖で帰郷し、春節(旧正月)明けも仕事がない人は15.3%の約2000万人に上るとの推計を明らかにした。失業農民工の急増が社会不安定の新たな要因になるとして、雇用対策に全力を挙げる方針を示した。
それに、疫病によるパニックのリスクもあります。
公表された感染者は今年になって7人、うち5人が死亡し、すでに昨年の死者数を上回った。中国政府は「感染拡大の兆候はない」としているが、旧正月(春節)を故郷で過ごした人たちのUターンラッシュが始まり、警戒を強めている。
そして切迫しているのが、なによりも水の枯渇の問題が深刻で、あの黄河が枯れそうな状況なのです。
70日間に渡って降水を記録せず、飲料水すらままならない人は196万人、影響
を受けている家畜は67万頭にのぼっている。
1月30日、スイス東部の保養地・ダボスで開催されている世界経済フォーラム年次総会で、世界が今「水破産」の危機に瀕していると報告された。今後、水は石油以上に貴重な資源になるという。写真は01年、干ばつに襲われた河南省。
30日には河南省気象局が気象警報制度導入以来となる深刻な干ばつを警告したが、中国もまた深刻な水不足に悩まされている。乾燥地帯である北部はもとより、比較的水資源が多い南部でも雨期と乾期の降水量の差が激しく干ばつに襲われることも少なくない。今後は中国を含む世界各国が水資源確保の競争を繰り広げる事態が予想される。(翻訳・編集/KT)
水が枯れれば当然食糧生産に影響がでます。飢饉です。また水不足にともなって砂漠化の問題もあります。北京はあと10年ほどで砂漠に飲まれますからそんなに時間はないのです。他にも政治腐敗に対する不満や、環境汚染問題、加えて、イスラエル、印パなどから中東が戦火に包まれれば、即石油危機です。以上のなにかしらトリガーになれば、社会的な混乱は野火のように瞬く間に広がる事でしょう。中国は後になればなっるほどリスクが高まるのです。その中国が必要としているのは日本の資産と、環境技術、省エネ技術など先端技術です。いざという時、上層部の避難先としても日本は都合いいでしょう。中国にしてみれば日本がとっとと冊封になってくれれば都合がいい。日本が持てる技術を全部差し出し、中国国内の内需を喚起し、環境を改善し、省エネを推進し、人民の不満が沈静化してくれればいいのです。もたもたして煮え切らないのならとっとと東京を潰した方が手っ取り早い。他の地域が残ってくれれば御の字ですし、中性子爆弾なら物理的被害を比較的小さくできます。情報サイト『連山改』によれば、日本が核武装して中国と対峙する可能性が10%、日中安保の下中国の支配を受ける可能性が60%、どちらも選択できずになし崩しに関係が悪化して東京に中性子爆弾が投下される確率が30%だそうです。ぞっとしますね。しかしまがりなりにもアメリカが機能しているうちは、おいそれと動けません。逆に言うならアメリカが機能停止したらすぐにでも事を起こしたいと思っていても不思議ではない。というかそのほうが合理的です。中国にも時間が残されておらず必死なのですから。

最近中国はずいぶんと楽観的な話をしています。
中国の温家宝首相は1日、世界的な信用危機にもかかわらず、中国の金融セクターは依然として健全であるとの見解を示した。(中略)また、金融セクターの流動性は十分あり、高い貯蓄率に支えられていると指摘。
中国の温家宝・首相は、昨年発表した4兆元(5849億ドル)規模の景気刺激策に続く追加の経済対策を検討していることを明らかにした。(中略)人民元相場については「バランスの取れた適切な水準」で安定を維持する方針をあらためて示し、「この点を理解していない人が多い。人民元相場が大幅に変動すれば、大変な事態になる」との見方を示した。
どうも私には『中国は大丈夫だからどんどん投資してください』と、見え見えの釣り針を下げて金を集めようとしているように見えます。そして一方ではアメリカを脅迫しています。
中国の温家宝首相はロンドンで、米国債について「今後も買い続けるのか、どのくらい買うのかは中国の需要や外貨(資産)の安全性と価値を保つ必要性に基づいて決める」と述べ、米国債を大量に買い増してきたこれまでの方針を見直す可能性を示唆した。(中略)温首相の発言には「オバマ政権に対し、人民元の為替レート問題で中国側に圧力を掛けないよう警告する意図がある」との見方が出ている。
「こっちのやることに手出しするなよ」ということでしょうか。どっちにしろ米国債は全部売り払って、資金を確保するでしょう。なんの資金か。その一部は日本の企業や政治家を買うために使われ、一部はこんなことに使われたりするのでは....。
中国共産党理論誌「求是」最新号は、戦略核ミサイルを扱う人民解放軍の部隊「第2砲兵」に関し、「核兵器と通常型ミサイルの一体運用による作戦力増強を加速させる」との方針を示す第2砲兵トップの靖志遠司令官らの論文を掲載した。
 論文は、既に核搭載型・通常型ミサイルの両部隊の編成は進んでおり、「作戦能力は短・中距離から大陸間攻撃まで幅広く拡大した」と紹介。その上で、対テロの情報戦に対応するため、人材養成を含め部隊建設を一層強化する必要があると指摘している。(2009/02/02-00:09)
取り越し苦労ならいいのですが。


2009年2月1日日曜日

傘がない

アメリカが弱っています。景気対策法案が発表されましたが、その中にはアメリカ製鉄鋼を使う事がもりこまれました。グローバルだとか自由貿易だとか言っていたアメリカが、もはやそんなことを言っていられないのでしょう、保護主義の色彩を強めているようです。


アメリカが内向きになって、北米大陸に引きこもるようになりますと、気になるのが日米安全保障条約いわゆる「日米安保」と「在日米軍」です。これはすでに様々なヒトが取り上げているところなのですが、マスコミではまったく無視に近い扱いなので、広く一般の人の話題にのぼることはないようです。お笑いとクイズ番組を見ながら、差し迫った現実は見ない考えないことになっているようです。

「核の傘」とは使い古された表現ですが、これは放射能の雨から身を護るための傘です。ミサイルの雨といってもいいでしょう。これまで日本はアメリカの傘に入れてもらうことで身を護ってきました。日本は敗戦国ですから自前で傘を持つ事が難しかった(実は日本の思いこみかもしれませんが)のと、被爆国で悲惨な思いを経験していますから、核保有など考える事すら以ての外だという“核アレルギー”があります。ですから「日本の核武装」という議論は危険思想というくらいの扱いでした。日本は核兵器の廃絶を世界に訴える平和国家だというのも一面ですが、在日アメリカ軍が基地を持ち、アメリカの核抑止力の庇護下にあったのもまた事実です(実際核戦争になったらアメリカが報復攻撃してくれるかわかりませんが)。ジャイアンの後ろに隠れながら「ケンカはよくないよ」と言っているのび太みたいな構図です。まぁそのためジャイアンにいろいろと便宜を図らなくてはならないのですが。それを潔しとしない潔癖症の人達は、丸腰になって訴えるべきと言いますが、その中には丸腰になる事を望んでいる者の意向を受けている人も入っているでしょう。私は現実的ではないと思っています。

アメリカが相対的に弱体し内向きになってくれば、はたして日米安保は機能を維持するのか。条約といっても所詮人の決め事ですから空虚なものです。古今東西、破棄された条約、更新されなかった条約は沢山あります。剛田商店が破産してジャイアンが引っ越す事になり、「もうそんなことしていられないんだ。そっちのことはそっちでやってくれ」といわれたらのび太はどうするのでしょう。あるいは不良に「のび太をやるから俺には手を出さないでくれ」とか裏で取引があったら。もちろんドラえもんはいません。新たなボスに擦り寄るか(その相手はジャイアンよりましなのか、ジャイアンより過酷なのか)、自分で自分の身を護るか。自分を鍛えるのもいいでしょうし、他の人と手を組むのもいいでしょう。いずれにせよ自分で自分の身を護るにはそれだけの覚悟が必要です。しかしその覚悟が自らを自立させる原動力となるのです。

日本は核保有国に囲まれています。戦略兵器の力は圧倒的で、戦術兵器がいかに充実していても、戦術兵器で戦略兵器の有無の差を逆転することはできません。どれほど最新の戦闘機をもっていても、東京に一発核ミサイルと打ち込まれたら日本の機能は即死です。「そんなことはしないだろう」と高をくくってはいませんか? 実際にアメリカは使用しました。他の国が使用しないという保障はありません。使用するならいきなり相手の頭を潰す方が損害が少なくて確実です。一度現実に起こった事が二度と起こらないという保証はないのです。だからこそ起こらないように現実的な方策を日日取り組んでいなければなりません。起こらなければそれにこしたことがないことに対してどういう態度で望むか。ないことにして考えないでおくのか、合理的に考え準備をしておくのか。準備がしてあることが厄災を遠ざけるもので、防犯のしっかした家と全然考えていない家ではどちらが抑止効果があるかを考えれば明白でしょう。話し合いのテーブルに着くにも、対等な背景があってのことです。

直面する現実を否認していれば待っているのは破滅でしょう。起こってほしくない事は考えないでは済まない局面にきています。