2009年4月23日木曜日


4.エネルギーの過剰と石油消費文明の終焉

 現代の人類は、豊富にエネルギーが供給される時代という、未曾有の事態に暮らしています。これまでエネルギーの不足からエネルギーを奪い合うという危機を経験してきた人類は、過剰に供給し続けられるエネルギーをどう消費するかという、これまで経験のない事態に直面するようになりました。

 

不足から余剰へ

 

 エネルギーが不足すれば、つまり食べるものがなければ生命の危機です。人口は維持できません。人間で言えば栄養障害から餓死にいたります。ですからエネルギー増産に努めます(あるいは人口削減に努めます)。ところがエネルギー増産のためには、それをなすためにエネルギーを投入しなくてはなりません。いっぱい働くためにはいっぱい食い物が必要ということです。つまり増産するためには需要もまた増加します。エネルギー需要は増しますが、それに見合うような増産が得られればさらに増産に励むでしょう。「腹一杯メシを食べたいから頑張る」という状況です。需要は喚起され希求されるエネルギーの価値は高騰します。生産も上がるが需要も上がる。インフレーションですね。

 需要が満たされればエネルギーの要求に抑制がかかります。「もうご馳走さま」です。社会が食べるに困らなくなった状態です。では、エネルギーが過剰ならどうなるでしょう。需要を超える供給があれば、エネルギーは余剰となります。エネルギーの余剰は食料としてそのまま貯め込んでいますと、しばらくは緊急時の緩衝となりますが、いずれ価値を失います(古米、古々米)。いわゆる豊作貧乏というのはこんな状況です。ですから別の形態に転換することになります。それは人口であったり、モノであったり、食料生産以外の活動であったり、お金であったりと。それもさらに余剰があればその価値を失っていきます。モノ余り、人余りから、モノや人の価値が下がることになります。デフレーションですね。

 

エネルギー量の過剰と、E/Pの上昇

 

 デフレーションとなった場合、つまりE/Pが極端に増大した場合、どうりますでしょう。人間で言えば、食べ物がやたらとあってお金にも困らず、あくせく働く必要がなくなった。太ってしまったし娯楽にも飽きてしまった場合です。生産的な動機付けを失ってテンションが下がるのではないでしょうか。メタボリックシンドロームの危険もありますね。じゃぁどうしましょう。

 

1)  エネルギー生産量の削減

  エネルギーが余剰しているのですから、余剰を作らないようにエネルギー生産を削減するという手があります。人間で言えば、太ってしまったので食べ物を求めない、ということです。でも生産調整をするって生産している人にとっては残念なことなんですよね。できてしまった作物を破棄したりするのは忍びない。できてしまった余剰についても、在庫がはけるまで待っているのもコストがかかる。しかしそれよりもなによりも、莫大なエネルギーを世界に供給し、その交換券の胴元となっていた人にとっては、体制存続の危機となります。生産を制限しないで、かつ余剰を作らないようにするにはどうしたらいいでしょうか。

 

2)  新商品の開発

  新たなモノを開発するという手があります。エネルギーを投入するモノを新たに作って、それを求めさせるようにすればエネルギー需要は落ちません。そのためには皆が欲しがるような、需要が喚起されるようなものである必要があります。そこで魅力的な商品の開発、あるいは商品を魅力的に見せる宣伝が必要になります。コマーシャリズムです。プロパガンダともいいます。

 

3)  市場の開拓

  また、新たなエネルギーの需要先を開拓するという手があります。エネルギー投下物を欲しがる人が増えれば、余剰にはなりません。そのためには欲しがる人たちを増やす必要があります。余り気味の脱脂粉乳を飢えた敗戦国に売りつけるとか。男だけでなく女も欲しがるとか、大人だけでなく子供も欲しがるとか、一回だけでなく何回も欲しがるとか、自国だけではなく巨大な人口を抱える国も欲しがるとか、違う文化の人たちも欲しがるとか。そうなればエネルギーは余ることなく消費されます。

 

4)  余剰の蕩尽

  余剰となったモノがなくなれば、常にエネルギーは供給され続けます。モノを捨てる。モノを捨てさせる。モノを壊す。モノを壊させる。盛大に壊す方法として戦争があります。永井氏の言うところのリフレ型戦争です。戦争は余剰在庫一掃セールになります。破壊は需要を喚起し、放出されたエネルギーは環境を破壊して大気を暖めます。

(参照:なぜ戦争は起きるのか.永井俊哉,http://www.nagaitosiya.com/b/war.html

 

5)  通貨の脱価値化~インフレ誘導

  エネルギーはモノに変換されます。通貨は信用の下、モノと変換されます。兌換性と汎用性と保存性から通貨は大変便利なものです。モノが余ってしまってモノへの希求性が低下しましたら、このモノと通貨のレートを変えて、通貨の価値を下げてしまうのです。そうすることでモノの価値を相対的に持ち直すわけです。兌換性と汎用性の高さから蓄積していた通貨の価値が目減りしてしまう。つまり通貨の形に変換されていたエネルギーが減ってしまうので、再び生産圧力が高まることになります。具体的にはどのようにしてモノと通貨のレートを変えるのか。通貨を沢山生産しましょう。「量的規制緩和」というやつです。通貨を余剰にして通貨デフレを起こし、モノインフレを誘導しようというわけです。

 

 2) から 5) までの方法はエネルギー生産を減らすことなくエネルギー余剰をクリアする工夫です。これはいってみれば、E/Pの傾斜を急勾配にしておくための工夫といってもよいでしょう。このような工夫をこらすことで、常にエネルギーの供給先が確保され、その価値も低下しません。エネルギーの胴元をしている人にとっては、利益が損なわれませんし支配力も失われません。

と、わかったかのようなことを書いてはみましたが、経済素人の自分としては自信がありません...。

 

石油消費文明の終焉

 

 さて、その石油の底が見えてまいりました。水平方向のエネルギー資源を食い尽くし、垂直方向へエネルギーを求めてまいりましたが、それもわずか100年ほどで食い尽くそうとしています。他にエネルギーを求めるにも、今の石油エネルギー分をまるまる代替できるわけがありません。そうでなくとも、たいがいのエネルギー生産も施設の建設や材料・廃棄物の運搬など、間接的に石油に依存しています。今の人口は石油でドーピングしているようなものです。エネルギーが減れば、今の人口、今の文明は維持できません。結局は今の文明そのものが立ち行かなくなるでしょう。

 

E/Pグラフに見るエネルギー供給と人口の関係

 

 エネルギーと人口をグラフ仕立ての図にしてみました(図.2)。かつて、エネルギー供給のほとんどがバイオマス(森林、食料)だった頃(E1)、世界の人口はおよそ5~10億と今よりずっと少なく(P1)、生活に投下されるエネルギーも少ないものでした。その少ないエネルギーの中で人は生活し子孫を残していたのです。

 それが石炭、石油、天然ガスと、化石燃料が投入されるようになると、エネルギー供給は激増し(E2)、それに支えられて人口も爆発的に増加します(P2)。現在の世界人口は66億人に達します。生活もエネルギーを大量に消費するスタイルに変化し、もはや現在の生活は莫大なエネルギー投入によって成り立っているものに変わってしまいました。

 

人口の崩壊を招くエネルギー崩壊

 

 現在の世界のエネルギー供給に占める石油の割合はどれくらいでしょう。石炭の採掘や天然ガスの液化・圧縮・輸送・パイプライの敷設、あるいは原子力発電所の建造や維持にも石油は使われていますから、表に出ない部分まで含めると、相当の割合が石油に依存しているのではないでしょうか。その石油が減産~枯渇します。もしも、現在の高エネルギー消費スタイルを維持しようとしたままで石油によって調達されていたエネルギーがなくなると想像してみると(図.3)、エネルギー供給は大幅に減少し(E3)、支えを失った人口は激減(P3)、まさに人口崩壊というような悲惨な事態になるのではないかと想像いたします。

 

クルマの両輪~新エネと省エネ

 

 そこで2つのことが重要になってまいります(図.4)。一つは石油減少分を少しでも補う新エネルギー。とはいっても石油なみのエネルギーを供給することはできないでしょう。それにそんなにエネルギーを消費するスタイルを続けるべきでもありません。まぁとにかく石油減少分を補う新たなエネルギー供給が一点です。もう一つは、現在の高エネルギー消費スタイルをエネルギー要求の少ないスタイルに改めることです。おそらく、それでも人口の減少は免れ得ないだろうとは思うのですが、この二つの点を早急に進めることによって、エネルギー供給の退縮を緩衝し(E3')、それによって人口の崩壊を少しでも食い止めることができれば(P3')と願います。この新たなエネルギー供給がどの程度の規模になるのか、また、エネルギー消費スタイルがどの程度変化するのかによって、支えられる人口規模は違ってくることでしょう。

 

「石油・ドル本位制」の次

 

 「石炭ー蒸気機関時代」はイギリスが世界の中心でした。いってみれば「石炭・ポンド本位制」だったといえるかもしれません。それが「石油・ドル本位制」に代わり、その「石油・ドル本位制」が崩壊します。次はなんでしょう。「ガス・ルーブル本位制」でしょうか。

 冒頭で紹介した『石油と戦争―エネルギー地政学から読む国際政治』の中堂氏は、アメリカが石油というエネルギーを手にすることができたのは、スチールを作れるようになったからだといいます。柔軟で丈夫なスチールパイプを作れるようになったから、石油のボーリングが可能になったというのです。もちろん内燃機関の発明やT型フォードに代表される石油文明の布教の力もありましょうが、スチールという革新技術を得たからこそ、アメリカは石油を手にした。「石油・ドル本位制」はエネルギー生産の壁を突破するイノベーションによってもたらされたと言えましょう。

 そうしますと、天然ガスも革新性という点では今ひとつ弱い。というより、そもそも天然ガスも埋蔵量に限りがあり、枯渇年数100年、可採年数40年と言われていますし。それに、そういう垂直方向のエネルギー獲得と高エネルギー消費文明こそが改められるべき時代であるわけなのですから。

 

エネルギー利益率の壁を突破するテクノロジー

 

 ところで「水素エネルギー」というと誤解されがちなのですが、水素はあくまで二次エネルギーであって、一次エネルギーではありません。つまり、どこからか水素が採れるわけではないということです。一次エネルギーを何に求めるか、それは様々ですが(石油精製の際に大量に出る複製生物としての水素、天然ガス改質で得られる水素、水の電気分解で得られる水素、アルコール改質で得られる水素など)、水素エネルギーという形態を介することでエネルギー利用効率が向上し、電気の貯蔵ができるようになるという点にこそ利点があるのです。ただ燃やすよりもエネルギー利益率が悪ければ、水素に転換する必要などありません。エネルギー利益率を向上させてこその「水素エネルギー」といえます。

 

植物に還る

 

 「バイオハイドライド」は水素エネルギーの一次エネルギーをバイオマスに求めます。糖をアルコール発酵によってアルコールに転換し、そのアルコールから高効率に電気を取り出すという仕掛けです。サトウキビを燃やしてボイラーを炊いて発電機を回したほうが効率が良ければ、「バイオハイドライド」の意味はありません。同じバイオマスから、今まで得られていたよりもより多くのエネルギーを取り出せるからこそ、そこに意味がある。今まで世界が得ていたバイオマス由来のエネルギー供給を押し上げる効果があるといえます。石炭、石油、天然ガスと垂直方向にエネルギーを求めていた世界は、一回りして今一度バイオマスに立ち戻るといえましょう。

 というわけで、バイオハイドライドという革新技術でエネルギー利用効率の壁を突破する「水素文明」こそ、次代のエネルギーテクノロジーとして俄然期待がもたれます。


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