2009年4月23日木曜日


2.エネルギーの不足と人口崩壊の危機

エネルギー/人口比

 エネルギーを分子に、人口を分母にして、その比を考えてみましょう。エネルギー/人口比です。energy population ratio というと、先述のEPRと紛らわしいので、ここではE/Pと記することにします。これは一人当たりが得られるエネルギー量を表します。人一人が生存できるエネルギーを1単位とすれば、E/Pは1以上必要です。1を割り込めばその集団は人口を維持できません。人口に対しふんだんにエネルギーがあれば、E/Pは大きくなり、人口を維持するのが容易になります。人口に対しエネルギーが十分でなければ、E/Pは1に近づき、飢えに苦しみ人口維持が危機にさらされます。

エネルギー量の増加と、E/Pの上昇

 温暖化しますと体温の損失が少なくなりますし、それに空間当たりのエネルギー密度が増加します。木の実が多くなり獲物が多くなって、採取エネルギーが多くなります。これは分子が増えることを意味し、E/Pは上昇します。そうしますと、広範囲の移動をしなくても十分なエネルギー量を確保することができるようになりますので、これは定住を促します。定住するようになれば身の回りの物についての制約が小さくなります。持ち運ぶ必要がなくなりますから。また、十分なエネルギーがあるので、食料生産に振り分ける以上の余剰エネルギーが生まれ、それを道具や住居など、モノの製造へ当てる分も多くなります。

余剰エネルギーがエネルギー獲得への投資を生む

 石器の造形を工夫したり、獣骨で作った釣り針に凝ったり、土器、住居を作ったりなど。こうして道具が発達すればより獲物を捕りやすくなりますし、土器が発達すれば食料を保存することが容易になります。余剰エネルギーを蓄えることができれば、それは気候変動などによる不作不猟時などの変動に対する緩衝とすることができます。また、土器は食料の煮炊きを可能にし、調理することで食の安全を向上させます。住居が発達すれば、体温と睡眠、安全を確保して環境リスクを軽減することにもなります。結局それがエネルギー生産やエネルギー利用に役立ちます。

 こうして、エネルギーが増えることで余剰エネルギーが生まれ、その余剰エネルギーが食料生産をより効率の良い物にし、生活のリスクを低減させます。それによって養える人口も増加してゆくことになります。この流れは、分子が増え、それによって分母が増え、また...という増産スパイラルのプロセスといえましょう。これはその社会が満足するエネルギーレベルのところまで増えて平衡に達し、そのあたりで推移することになるのではないかと思います。

食料採取社会におけるE/P平衡

 食料採取社会においては、得られる食料エネルギーが集団の生存と安心に十分なレベルであれば、エネルギーの増産を希求する必要はありません。必要以上は採取せず、余剰エネルギーが生ずれば食料生産以外のところに振り分けて消費し、エネルギー収支を調整すればいいでしょう。「食料の生産」「人口への転換」以外のエネルギーの活用法の発明です。例えば土器の模様に凝ってみるとか、漆でコーティングしてみるとか、粘土でフィギュア(土偶)を作ってみるとか、新しい調理法に凝ってみるとか、歌や踊り祭りの発明とか。便利・快適・娯楽、美術工芸・芸術・建築など、文化的活動への投入です。考えてみれば、これらモノや文化活動もまた、エネルギーの変換形態であります。日本の縄文時代とはE/Pが比較的安定していて、このような時代が長く続いたということなのではないでしょうか。

エネルギー量の減少と、E/Pの低下

 このように、温暖化でエネルギー密度の増加で分子が増え、それに支えられて分母が増えまいりました。ところがこれが、寒冷化などでエネルギー密度が少なくなりますと、どうなりますでしょう。エネルギー密度が小さくなると、食料生産性が悪くなり、体温の損失も大きくなって、人口が要求するエネルギー量を満たすことができなくなります。分子が減ることによってE/Pが低下する状況ですね。これはつまり人口を支えるのにエネルギーが足りなくなるということですので、たいへん困ったことになります。その場合、次に示すようなことのいずれか、あるいは全てがおこることでしょう。

1)  人口の減少

 人口を支えるだけのエネルギーがなければ、そのエネルギーでまかなえる規模まで人口が減少するということが起こり得ます。餓死、凍死、病死といった死亡数の増加や、姥捨て、子殺し、殺人といったような、まぁとにかく、死亡数が増えることで人口が減少する可能性。あるいは、産児制限といった出産数の減少で人口が減る可能性。またあるいは、共同体から放逐する、共同体から離脱するなど、人口移動で人口が減少する可能性です。以上はいうなれば、分母が減ることでE/Pの平衡に近づく場合です。

2)  移動

 また別の対処としては、もっとエネルギー集積の高い場所、自然の恵みの多い場所を求めて移動するという方法があります。民族大移動とか、移民とか、入植とか、開拓団とか。これはそのような土地があるかどうか先のわからないことなのでリスクが大きいですね。これは分子の大きなところを求める賭けのような試みです。移動してゆく立場からみれば移動ですが、これは視点を変えて、そこに残った人からみれば前述の人口の減少にあたります。

3)  交易

 エネルギー(食料)を獲得するために、エネルギー(食料)の豊かなところからエネルギーを調達するという方法もあります(日本は今、これをやっているわけです。石油についても食料についても)。相手方が必要とするものをこちらは提供できる、その対価として相手方のもつエネルギーを分与してもらう。こちらの提供できる物が、相手方にとってきわめて重要で、代替えできない物なら有利です。相手の欲望を強く刺激する物も有利でしょう。これは古来、資源であったり、技術であったり、工芸品であったり、あるいは人間であったりしました。これら対価物を魅力的に見せる工夫も生じたことでしょう(宣伝広告効果ですね)。

 間に介在することで利益を得るというやり方も成立します。商業の発生ですね。これは相手との直接の交易だけではなく、三角交易、多角交易と発達していきます。その場合、交易手段・輸送手段をもっていることが有利になります。ところで交易が対等とは限りません。交易という体裁をとった収奪もありえます。

4)  収奪

 こちらが特に提供することなく、相手のエネルギーを奪うとなると、交易は収奪になります。こちらのほうが交易よりも原始的で根源的なものでしょう。動物界でも普通に見られます(弱い固体が獲得した獲物を強い固体が横取りする場合)。ですがこちらも無傷では済まないおそれがあるので、力の差が明確でないと結局は骨折り損のくたびれ儲けに終わることも少なくありません。交易はこういったリスクを回避する発明なのかもしれません。力の差が明確ならば、威嚇だけでも収奪が可能です。力の差が何に由来するかとなれば、何かしらのテクノロジーを持っていることが有利です。鉄とか、騎馬技術とか、戦闘教義とか(情報・経済・金融とか)。交易と収奪はひとつのスペクトラムで、どちらも外部からのエネルギー移入によって分子を増やす試みです。(戦争で人口が減れば、結果として分母も減ります)

5)  エネルギー消費の削減

 必要エネルギーを小さくすることで分子の縮小に対応しようとする試みは、全体であるいは個人レベルで行われます。E/Pの勾配をなだらかにすることでエネルギーの圧縮を吸収しようとするわけです。そのアプローチの方法にもいくつかあります。需要そのもののサイズを小さくすること、つまり節約です。鱈腹食べていたのを腹八分目にするみたいなものですね。モノのライフサイクルを長くすることでエネルギー要求量を少なくすること、買い控え、流行の「もったいない」です。エネルギー利用効率を高めることで要求エネルギー量を削減すること、いわば省エネですね。現代なら白熱灯を蛍光灯にするとか、省エネ冷蔵庫に買い換えるとかもそうでしょう。もう一つにはライフスタイルをエネルギー要求量の少ないスタイルに変えるということもあります。現代ですと、クルマを使わず歩くとか、肉を少なくして米を食べるとか。こうしてさまざまな方法を工夫して一人当たりのエネルギー要求量を小さくしたり、生産から消費までの間のエネルギー効率を高めたりして、少ないエネルギーを最大限利用しようとします。

6)  エネルギーの増産

 もう一つは技術革新による増産です。エネルギー集積の高い稲作とか、灌漑技術とかによって単位面積からのエネルギー収量を上げ、それによって、それに見合うだけの人口が支えられるようになります。これは、技術革新によってエネルギー生産を新規に開拓することで分子の増加させる対応です。"必要は発明の母"ですので、このようなエネルギー生産の革新的転換は、寒冷化などによってエネルギー量が低下し、人口維持が危機にさらされた時に起こるものなのでしょう。このあたりは永井俊哉氏のコラムに詳しいですので、ご参照のほどを。
寒冷化が惹き起こすイノベーション永井俊哉,)

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