2009年4月21日火曜日

逝きし世の面影 第二回


当時日本を訪れた欧米人は、そこに暮らす人々の陽気な様子、幸福そうな様子に目を奪われています。

『この町でもっとも印象的なのは(そしてそれはわれわれの全員による日本での一般的観察であった)男も女も子どもも、みんな幸せで満足そうに見えるということだった(オズボーン)』
『封建制度一般、つまり日本を現在まで支配してきた機構について何といわれ何と考えられようが、ともかく衆目の一致する点が一つある。すなわち、ヨーロッパ人が到来した時からごく最近に至るまで、人々は幸せで満足していたのである(ヒューブナー,1871)』
『誰の顔にも陽気な性格の特徴である幸福感、満足感、そして機嫌のよさがありありと現れていて、その場所の雰囲気にぴったりと融けあう。彼らは何か目新しく素敵な眺めに出会うか、森や野原で物珍しいものを見つけてじっと感心して眺めている時以外は、絶えず喋り続け、笑いこけている(パーマー,1886)』

 また、日本人の丁寧な礼儀正しさや、愛想の良い親切さに心打たれた記述も多く見られます。

『彼らは不信を抱いたりあつかましく振舞うことは一度もなく、ときには道案内のために、世話好きであるが控えめな態度でかなりの道のりをついて来たり、あるいは子供たちにそれを命じたりした(オイレンブルク使節団)』
『もう暗くなっていたのに、その男はそれを探しに一里も引き返し、私が何銭か与えようとしたのを、目的地まですべての物をきちんと届けるのが自分の責任だと言って拒んだ(バート,1878)』
『彼ら(駕籠かきの三人)はあまり欲もなく、いつも満足して喜んでさえおり、気分にむらがなく、幾分荒々しい外観は呈しているものの、確かに国民のなかで最も健全な人々を代表している。このような庶民階級に至るまで、行儀は申し分ない(ブスケ,1872)』
『彼らの無邪気、率直な親切、むきだしだが不快ではない好奇心、自分で楽しんだり、人を楽しませようとする愉快な意志は、われわれを気持ちよくした。一方婦人の美しい作法や陽気さには魅力があった。さらに、通りがかりに休もうとする欧米人はほとんど例外なく歓待され、『おはよう』という気持ちのよい挨拶を受けた。この挨拶は道で会う人、野良で働く人、あるいは村民からたえず受けるものだった(ブラック)』

 彼らは日本の漁村山村の質素さを描いてはいますが、同時にそれは清潔でけっして困窮したものではないことが述べられています。

『柿崎は小さくて貧寒な漁村であるが、住民の身なりはさっぱりしていて、態度は丁寧である。世界のあらゆる国で貧乏にいつも付き物になっている不潔さというものが、少しも見られない。彼らの家屋は必要なだけの清潔さを保っている(ハリス,1856)』
『この土地は貧困で、住民はいずれも豊かでなく、ただ生活するだけで精一杯で、装飾的なものに目をむける余裕がないからだ(中略)それでも人々は楽しく暮らしており、食べたいだけは食べ、着物にも困っていない。それに家屋は清潔で、日当たりもよくて気持ちがよい。世界のいかなる地方においても、労働者の社会で下田におけるよりもよい生活を送っているところはあるまい(ハリス,1856)』
『郊外の豊穣さはあらゆる描写を超越している。山の上まで美事な稲田があり、海の際までことごとく耕作されている。恐らく日本は天恵を受けた国、地上のパラダイスであろう。人間がほしいというものが何でも、この幸せな国に集まっている(リュードルフ,1855)』

 また、手入れの行き届いた農業の様子や、自然の恵みの豊穣さについても、驚きをもって書き記しています。

『日本の農業は完璧に近い。その高い段階に達した状態を考慮に置くならば、この国の面積は非常に莫大な人口を収容することができる(カッテンディーケ)』
『日本人の農業技術はきわめて有効で、おそらく最高の程度にある(メイラン)』
『米沢平野は南に繁栄する米沢の町、北には人で賑わう赤湯温泉をひかえて、まったくのエデンの園だ。“鋤のかわりに鉛筆でかきならされた”ようで、米、綿、トウモロコシ、煙草、麻、藍、豆類、茄子、くるみ、瓜、胡瓜、柿、杏、石榴が豊富に栽培されている。繁栄し自信に満ち、田畑のすべてがそれを耕作する人びとに属する稔り多きほほえみの地、アジアのアルカディアなのだ。人びとは蔓草やいちじくや石榴のかげで、抑圧を免れて暮らしている。アジア的専制のもとでは注目すべき壮観だ。……いたるところに繁栄した美しい村々がある。彫刻のある梁とどっしりとした瓦屋根を備えた大きな家が、柿や石榴にかくれてそれぞれの敷地に建っており、格子棚にはわせた蔓草の下には花園がある。そしてプライヴァシーは、丈の高いよく刈りこまれた石榴や杉の遮蔽物によって保たれている(バード)』

 そして、時として貧しさと映る日本人の質素さは、貧困とはことなる簡素さであることを見出しています。

『日本人が他の東洋諸民族と異なる特性の一つは、奢侈贅沢に執着心を持たないことであって、非常に高貴な人々の館ですら、簡素、単純きわまるものである。すなわち、大広間にも備え付けの椅子、机、書棚などの備品が一つもない(カッテンディーケ)』
『彼らは皆よく肥え、身なりもよく、幸福そうである。一見したところ、富者も貧者もない。ーこれが恐らく人民の本当の幸福の姿というものだろう。私は時として、日本を開国して外国の影響を受けさせることが、果たしてこの人々の普遍的な幸福を増進する所以であるかどうか、疑わしくなる。私は質素と正直の黄金時代を、いずれの他の国におけるよりも多く日本において見出す。生命と財産の安全、全般の人々の質素と満足とは、現在の日本の顕著な姿であるように思われる(ハリス,1857)』
『貧乏人は存在するが、貧困なるものは存在しない(チェンバレン)』
『金持ちは高ぶらず、貧乏人は卑下しない。……ほんものの平等精神、われわれはみな同じ人間だと心底から信じる心が、社会の隅々まで浸透しているのである(チェンバレン)』

 日本の習俗については、貧乏人や乞食はいるが悲惨ではないことや、盗難のないことに驚き、飲酒癖に閉口した様子、また、日本人の裸体に対する無頓着さに戸惑い性道徳の乱れと受け取る様子などが描かれますが、そこには互いの信頼と親和を基に世の中が成り立っている当時の日本の様子がうかがえます。

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