2009年4月24日金曜日

疫病の季節 1 ~新型インフルエンザとは (2008/07/12)

人類はこれまで何度も疫病の恐怖に怯えてきました。天然痘、ペスト、コレラ、スペイン風邪...。その度に多くの犠牲が出て、社会は混乱しました。ここ何十年、日本では社会機能が麻痺するほどには疫病が猛威を振るったことはなく、そのため私たちは伝染病とは克服された過去の災難であるかのように感じています。しかしそれはあくまで既知の感染症に対して対策がとれるようになったためで、私たち自身が疫病に負けないほど強くなったわけではありません。そしていま、未知の、しかも極めて恐るべきウイルスが現れようとしているとの警鐘が鳴らされています。

近年、マスコミなどを通じて「鳥インフルエンザ」とか「新型インフルエンザ」という言葉をずいぶんと耳にするようになりました。「鳥インフルエンザ」とは、鳥インフルエンザウイルスによって引き起こされる、鳥類の世界の伝染病です。中でも現在世界的に多くの家禽の病死を引き起こしている病原性の高い鳥インフルエンザがあります。その高病原性鳥インフルエンザウイルスが遺伝子変異をして、ヒトからヒトへ感染するようになるのではないかと危惧されており、実際に出現すれば、すなわちそれが「新型インフルエンザ」ということになります。

この新型インフルエンザについては「似非科学だろう」「陰謀だろう」「利権だろう」「便乗商法だろう」と訝しがる意見もあります。新型インフルエンザにも効果が来されるインフルエンザ治療薬タミフルはスイスの製薬会社F・ホフマン・ラ・ロシュが生産していますが、タミフルの特許を所有しているのはバイオテック企業ギリアド・サイエンス社です。そのギリアド社の会長を務めた経歴があり、同社の株式を大量に保有しているのが、前アメリカ国防国防長官のドナルド・ラムズフェルド氏だということも、これらの疑惑の一因となっています。

私には「新型インフルエンザ発生の危機」の真偽を明らかにするなどということはできませんから、ここはひとつ、新型インフルエンザについてどのようなことが言われ、どのようなことが危ぶまれているのかについて見てみたいと思います。


■言葉の確認

まずは言葉の確認から。

【風邪】
風邪とは鼻腔や咽頭等の上気道感染症の総称で、かぜ症候群ともいわれ、特にウイルス性の普通感冒を指すことが多いようです。咳嗽、咽頭痛、くしゃみ、鼻汁、鼻づまりなど局部症状と、発熱、倦怠感、頭痛などの全身症状を伴います。

【インフルエンザ】
インフルエンザとはインフルエンザウイルスによる急性感染症の一種で、流行性感冒(流感)とも言われます。急激な高熱、筋肉痛、倦怠感などの強い全身症状の他、風邪症状様の上気道症状を伴い、ごくまれに急性脳症や二次感染により死亡することもあります。後述の鳥インフルエンザと区別するためにヒトインフルエンザと呼ぶこともあります。
インフルエンザウイルスにはA型、B型、C型と型があり、それぞれに様々な亜型があります。

【鳥インフルエンザ】
鳥インフルエンザとは、インフルエンザウイルスによる鳥類の感染症です。鳥インフルエンザウイルスは、野生のアヒル、鴨などの水禽類に常在しており、その腸管で増殖し、糞を媒介にして感染します。水禽類では感染しても宿主は発症しませんが、これがニワトリなど家禽類に感染すると強い病原性を現すことがあり、中でも病原性の強いものを高病原性鳥インフルエンザと呼びます。

【H5N1亜型】
H5N1とは、A型鳥インフルエンザの亜型の一つです。H5N1亜型鳥ウイルスは病原性が高く、ニワトリから人への感染~発病が報告がされており、かつその際に非常に高い致死率を示します。インフルエンザウイルスは一般に突然変異率が高いことが知られています。そのため、H5N1亜型トリインフルエンザウイルスもまた、突然変異やヒトインフルエンザウイルスとの間での遺伝子の組み換えなどによって、人から人へ感染するウイルスになるのではないかと懸念されています。
2008年5月末現在、全世界で報告のあったヒトへの感染例は、これまでの累計で383例。うち、死亡例は241例。致死率は実に63%にのぼります。

【新型インフルエンザ】
通常なら人に感染しない鳥インフルエンザウイルスでも、鳥インフルエンザに感染したニワトリと濃厚に接触するなど、何かの拍子に鳥から人に感染することがあります。もしもヒトインフルエンザに罹患している人に、さらに鳥インフルエンザが二重に感染したりしますと、細胞内でヒトインフルエンザと鳥インフルエンザの遺伝情報がごちゃまぜになって、人に侵入する遺伝情報を獲得した鳥インフルエンザ、つまりこれまでにないヒトインフルエンザが生まれる可能性が想定されます。一説には豚には鳥インフルエンザとヒトインフルエンザのどちらも感染するので、豚の細胞の中で遺伝子の組み換えが起こりやすいのだ、とする意見もあるようです。
また、インフルエンザウイルスは一般に遺伝子変異をおこしやすいウイルスであることが知られており、鳥インフルエンザウイルスが遺伝子変異を経てヒトからヒトに感染する能力を獲得することも想定されます。
このように、それまでにヒトの間で流行したことがなく、新たに出現するだろうインフルエンザを日本では「新型インフルエンザ」と呼んでいます。実際に出現すれば、「Aソ連型」というようにそれなりの名前が改めて名付けられることでしょう。1918年から1919年にかけて世界的大流行がみられたスペイン風邪(現在のA型インフルエンザはその末裔)など、新型インフルエンザは数十年おきに発生しています。次の新型インフルエンザの候補として危険視されているものの一つが、前述のH5N1亜型鳥インフルエンザです。

【パンデミック】
伝染病の世界的な大流行を「パンデミック」といいます。
今後、懸念されている新型インフルエンザの世界的流行が実際に起こった場合は、WHOのパンデミック警戒レベルのフェーズ6をもって「新型インフルエンザ・パンデミック」と呼ぶことになります。

【フェーズ】
世界保健機構(WHO)のパンデミックフェーズの定義に準じた分類で、厚生労働省は各フェーズそれぞれで、日本国内で発生がみられない場合を「A」、国内発生がみられた場合を「B」に分けています。
ヒトへの感染が確認されていない時期
フェーズ1:ヒト感染のリスクは低い
フェーズ2:ヒト感染のリスクはより高い
ヒトへの感染が認められる時期(パンデミックアラート期))
フェーズ3:ヒトーヒト感染は無いか、または極めて限定されている
フェーズ4:ヒトーヒト感染が増加していることの証拠がある
フェーズ5:かなりの数のヒトーヒト感染があることの証拠がある
社会的流行が広がっている時期(パンデミック期)
フェーズ6:効率よく持続したヒトーヒト感染が確立
現在は「フェーズ3A」となります。
フェーズ3は「鳥インフルエンザウイルスのヒトへの感染」ですが、フェーズ4になると「新しい亜型インフルエンザウイルスによるヒト感染の発生」となります。

【インフルエンザワクチン】
例年流行する季節性インフルエンザに対するワクチン。毎年そのシーズンに流行するであろうインフルエンザを予測してあらかじめ生産しています。予測して用意するものですから、実際に流行する株とは微妙に違うこともあって、完全に予防することはできません。それでも次第に予測精度は上がっており、発症予防効果30~40%(ウイルスに曝露した際に発症する確率を30~40%減らす)・重症化予防効果50~60%(重症化する確率を50~60%減らす)・致死予防効果80%(死亡する確率を80%減らす)といわれています。
インフルエンザワクチンは不活化ワクチンなので安全であるとされますが、鶏卵を使って培養するので卵アレルギーの人には要注意。催奇形性がないので妊婦にも安全であるとされ、アメリカなどでは呼吸循環に負担の大きい妊婦にこそ推奨されるべきと考えられています。ワクチン接種から免疫誘導までは2週間ほどかかり、1ヶ月ほどで効果はピークとなりますが、生涯免疫ではないため5ヶ月ほどで次第に効果は消失します。しかし一度免疫が誘導されれば免疫学的記憶が残り、次回の免疫効果が強化されるといわれます(ブースター効果)。

【プレパンデミックワクチン】
H5N1亜型鳥インフルエンザウイルスから作ったワクチン。まだ発生していない新型インフルエンザに対してどの程度の効果があるかは未知数ですが、近縁ならばある程度の発症予防効果・重症化予防効果・致死予防効果があるのではないかと期待されています。新型インフルエンザの流行に備え、日本では医療従事者や警察、ライフライン維持に関わる人、議員などを対象に1000万人分の国家備蓄をしていますが、これを3000万人分に拡大する計画だとのことです。

【パンデミックワクチン】
新型インフルエンザから作るワクチン。新型インフルエンザをもとに作るものですから、新型インフルエンザが発生してからでないと作れません。新型インフルエンザの発生が確認され、そこから分離分析~培養・製造~配備・接種するため、全国民分を用意するのに1年半かかるといわれ、製造期間の短いあらたな製造方法が模索されています。より短期間で生産できるとされる海外の製薬会社のワクチン製造法を導入しようとする意見もありますが、これも国内の製薬産業に打撃を与え、国内医薬事業の外資依存を高めることになるのではと危惧する向きもあるようです。


■「新型インフルエンザ・パンデミック」が危ぶまれている理由

インフルエンザは毎年のように流行りますが、これはこれまで流行ったヒトインフルエンザのマイナーチェンジ版のようなものです。しかし、インフルエンザは10~30年ごとに、これまでとはがらっと変わったヤツが登場します。この場合、これまで人類が体験し免疫を獲得したことのないウイルスであるため、深刻な大流行となり、その被害も大きくなります。

1889~1891年に、H3N8によるパンデミックが発生していたと推測する報告があります(Taubenberger J, 2006)。
1918~1919年には、A型/H1N1亜型の、通称"スペインインフルエンザ(スペイン風邪)"のパンデミックが起こり、全世界の人口のおよそ半分以上にあたる6億人が感染し、死者は4000~5000万人に及んだといいます。同時期に起こっていた第一次世界大戦の死者は2000万人(第二次世界大戦は6000万人)といわれていますので、インフルエンザの犠牲者がどれほどのものかわかります。
その40年後の、1957~1958年には、A型/H2N2亜型の通称"アジアインフルエンザ(アジア風邪)"が、
さらにその10年後の1968~1969年には、A型/H3N2亜型の"香港インフルエンザ(香港風邪)"が、
その10年後の1977年には、再びA型/H1N1亜型の"Aソ連型(ソ連風邪)"が世界的な大流行を起こしています。

このように、理由は定かではないものの10~40年周期で新型インフルエンザの出現と世界的な大流行が起こっており、Aソ連型の大流行から30年ほどがたった現在、あらたな「新型インフルエンザ」によるパンデミックが起こってもおかしくないと思われていました。

そして、そこへもってきて、高病原性鳥インフルエンザウイルス、A型/H5N1亜型の鳥からヒトへ感染例が出始め、しかもヒトへの感染例の致死率が60%!(スペインインフルエンザでさえ致死率2%)というすさまじい病原性を示すことがわかったことから、このH5N1亜型がヒトからヒトへ感染する「新型インフルエンザ」になるのではないかと、世界中の関係者が危機感を強めているわけです。

そしてそれは今や「起きるかどうか」は既に問題ではなく「いつ起きるのか」が問題だという見解が共通の認識になっているとのことです。


■新型インフルエンザの症状

それでは、それほどまでに危機感を募らせている新型インフルエンザの症状はどのようなものでしょう。
これについてはまだこの世に存在していない病気の症状なので、端的に言って「わかりません」。
しかし従来のインフルエンザやH5N1亜型鳥インフルエンザのヒトへの感染例、あるいは家禽や他の哺乳類への感染例から推測するに、次のような症状が予想されます。

【予想される感染経路】

毎年流行する季節性のインフルエンザは主に飛沫感染です。罹患している人の咳やくしゃみによって飛沫が飛び、それが近くの人に到達して伝搬します。新型インフルエンザの主な感染経路もまた飛沫感染なのではないかと推測されます。

飛沫は水分を含むので重く、落下しやすいため長時間空中には浮いていません。しかしその水分が蒸発して飛沫核だけになると長時間空気中を漂うことになり、空気感染が可能になります。香港でSARSが流行した時には、高層住宅の下水菅に不備があったため、ウイルスを含む乾燥した微粒子が排水口経由で浴室に引き込まれ、空気感染で伝搬したと推測される事例があります。

後述しますが、新型インフルエンザが気道だけではなく、腸管にも感染するような疾患である場合、便もまた感染の危険があります。全身感染多臓器不全を来すような疾患ならば、血液など患者の全ての体液・臓器が感染の危険があることになります。

【予想される症状】

H5N1亜型鳥インフルエンザに感染した人の例だと、初期症状は通常のインフルエンザと同じように、発熱、易労感、頭痛、全身の痛みなどで始まるようです。
しかし、数日以内に肺炎症状を呈します。死亡例では重症肺炎でなくなる場合が多いようですが、小児の場合脳炎で死亡することが数例認められたとのことです。死亡した患者の肺は高度に血性の浸出液でいっぱいだったといいます。このことから、通常インフルエンザは気道粘膜に感染し、肺の奥の肺胞までは感染しないものですが、H5N1亜型鳥インフルエンザは、肺胞まで達して感染し、肺胞細胞を破壊して出血性ウイルス性肺炎を引き起こすと思われます。新型インフルエンザがこのH5N1亜型鳥インフルエンザ由来になるのなら、これもまた同様に肺に感染して肺炎を引き起こすことが危惧されます。

そもそも"肺炎"という病態自体が相当に深刻なわけです。しかも抗生物質が期待できる細菌性肺炎ではなくて、ウイルス性肺炎なのです。その上出血性の肺胞破壊となると、よしんば快復しても後遺症を残しはしないでしょうか。

また、H5N1亜型鳥インフルエンザに感染例では、多くの人が高度の下痢を呈したそうで、ウイルスが腸管に対しても傷害を与えている可能性が考えられます。となると患者の糞便にもふんだんにウイルスが含まれている恐れがあり、患者の便の処理にも非常に注意しなければなりません。便のついた衣類を浴室で洗濯すれば排水管がウイルスで汚染される


(引用)
ヒトに感染した場合は、「感染したけれども症状がでない」という不顕性感染はまずありません。100%発症します。高熱、せきといった通常のインフルエンザの症状に加えて、全身感染も起こすので、多臓器不全を発症します。特に肺炎が起きるので、患者は呼吸困難に苦しむことになります。腸管にも感染するので、発症者の約70%は下痢を起こしますし、腸管の細胞が破壊されることによる血便も出ます。
http://www.nikkeibp.co.jp/sj/2/interview/91/index2.html

また感染死した家禽や他の哺乳類の例では、ウイルスは心臓、肝臓、副腎なども傷害することが示唆されており、新型インフルエンザもまた全身臓器へ感染し出血性多臓器不全を引き起こす可能性が想定されます。もしそうなったらインフルエンザのように感染するエボラ出血熱みたいなもので、これはほんとにとんでもない病気です。

(引用)
ここで、強毒型のインフルエンザ・ウイルスに感染するということの意味を示す写真をお見せしましょう。H5N1にやられた鶏舎の中の写真です。お分かりでしょうか。中央に写っている鶏の下に鶏の死骸が写っています。(写真/岡田 晴恵氏 提供)

――とさかとけづめの位置が不自然ですが‥‥

岡田:死骸が溶けているのです。強毒型ウイルスは全身感染を起こします。全身の細胞を破壊しますから、鶏の体は元の形を維持することができずに溶けたようになって死ぬのです。

――これは‥‥他の動物でも同じような死に方になるのでしょうか。例えば人間でも。

岡田:現状の鳥インフルエンザでは、人間が溶けて死ぬことはありません。しかし、新型インフルエンザが出現した場合は、この鶏のように人が死んでいくことになるのかも知れません。そうなると、溶けた遺体には当然のことながら大量のウイルスが含まれることになるでしょう。感染を防ぐために遺族は遺体に触れることもできません。通常の手順での葬儀は不可能です。死体を入れる袋も、防疫のために液体が漏れないような二重になった特別なものが必要になります。
http://www.nikkeibp.co.jp/sj/2/interview/91/index3.html

もし全身感染する病気であるすれば遺体はウイルスを大量に含むわけで、死亡者数が多すぎて埋火葬が滞ればその遺体がそこかしこに放置されることになるのです。H5N1は0℃で30日、37℃で6日、常温で数週間感染力を保つことが出来るとされ(http://ja.wikipedia.org/wiki/H5N1亜型)ますので、患者の咳・くしゃみによる飛沫、喀痰、鼻汁、嘔吐物、糞便、血液、そして亡くなった遺体そのものに対する防疫も重要課題となります。

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