2009年4月21日火曜日

逝きし世の面影 第一回 (2007/10/22)

逝きし世の面影 (平凡社ライブラリー) (単行本(ソフトカバー)) .渡辺 京二,平凡社,2005.


かつてこの国に確かに存在し、いまはすでに失われてしまった文明があります。

 この本は、渡辺京二氏による著作で、1998年秋に葦書房より初刷され、現在では平凡社より刊行されている大冊でして、江戸時代の末期から明治時代の初期にかけて日本を訪れ、その比類なきユニークな文明を体験した欧米人の手記や書簡をつぶさに検証し、当時の日本がどのような習俗や価値観をもって存在していたかをまとめ上げたものです。

 今回、私がこの本を取り上げましたのは、この中で浮かび上がる150年前の日本の様子が、今後の日本の在り方を模索するにあたって、何らかの参考になるのでないかと考えるからです。古来、日本はさまざまな文明や思想を受け入れ、取り入れ、それを自らのものにしてきました。自ら求めたものもありましょうし、そのように仕組まれたものもありましょう。仏教、支那の諸家、近代西洋思想、アメリカングローバリズム…。しかし、何時の頃からか古来より日本を貫いてきただろう価値観が失われ、今では利己主義拝金主義がまかり通り、幅をきかせるようになってしまったようです。(私個人は、日本古来の価値観とは、この世に存在する生きとし生けるものを、同じく自然を生きる輩として畏怖敬愛し、対象の内に我と同じ情緒を見出してそれを慮り、生まれそして死んでゆく儚きものを愛おしむ心情、と考えています。)

 しかし、その現在の風潮もたちいかなくなるでしょう。苦しくなれば苦しくなるほど利己主義の嵐はひどくなるでしょうが、それではやっていけなくなると思うのです。その時、私たちは何をモデルにやっていくのがよろしいのか。今までのようにアメリカを手本にすればいいのか、これからは支那に合わせればいいのか…。どちらもよいとは思いません。広く世界に目をむけて参考にするのはいいでしょう。しかしこの国の要石にするべき基準はこの国にこそあると思うのです。この国には、「地上の楽園」「子どもの天国」と評され、人々が自然の中で幸福で満足した生活をしていた文明があった、そこに立ち返り、その場所からこれからの未来を見通してゆくべきではなかろうかと考えます。そして、その名残は子孫の私たちにも地下水脈のように受け継がれているはずであると信じます。

 当人たちにとっては当たり前すぎて特記すべき事ではなくとも、異邦人の目を通してみるとその特徴がより鮮明に浮かび上がることがありますし、そのような特徴こそがその文明の中核的なものであるともいえましょう。ということで、知る人にとってはもはや定番とも言える『逝きし世の面影』をご紹介するとともに、当時の日本をレリーフのように浮かび上がらせる欧米人の言葉をみてまいりましょう。当時日本を訪れた欧米人の感想は好意的なものばかりではありません。批判的なもの嫌悪を感じているものさまざまあり、著者は好悪共に紹介しております。今回はそのなかで私の印象に残った部分だけを抜粋してみました。このコラムでは、著者の文を「 」で、その中で引用されている欧米人による記述を『 』で表すことにします。詳しくはどうぞお買い求めいただいてご覧下さい。私はとても切なくなって目が潤む思いがしました。

 「私はいま、日本近代を主人公とする長い物語の発端に立っている。物語はまず、ひとつの文明の滅亡から始まる」という一節からはじまります。そして渡辺がなぜ、欧米人の目から見た幕末~明治の近代日本という文明をここに描き出そうとするのかを説明しています。これら欧米人の感想は彼らのオリエンタル趣味であって当時の日本をつまびらかに見たものではない、とか、当時の幕府は日本の良い面だけを見せようとしていたので本当の日本は目に映っていない、とかいう反論にも答えながら。

 そしてまず紹介するのは、日本の開国にあたって当時日本を訪れた欧米人が感じた、自分たちがもたらす近代的文明がこの特異で幸せな文明を滅ぼしてしまうだろうという複雑な哀惜の情の記述からです。

『いまや私がいとしさを覚えはじめている国よ。この進歩はほんとうにお前のための文明なのか。この国の人々の質樸な習俗とともに、その飾りけのなさを私は賛美する。その国土のゆたかさを見、いたるところに満ちている子供たちの愉しい笑声を聞き、そしてどこにも悲惨なものを見いだすことができなかった私は、おお、神よ、この幸福な情景がいまや終わりを迎えようとしており、西洋の人々が彼らの重大な悪徳をもちこもうとしているように思われてならない(ヒュースケン,1857)』
『私は心の中でどうか今一度ここに来て、この美しい国を見る幸運にめぐりあいたいものだとひそかに希った。しかし同時に私はまた、日本はこれまで実に幸運に恵まれていたが、今後はどれほど多くの災難に出遭うかと思えば、恐ろしさに耐えなかったゆえに、心も自然に暗くなった(カッテンディーケ,1859)』

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秋月便り

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