2009年4月20日月曜日

脱石油時代の農業 (2007/10/04)

はじめに

現在の日本の食糧自給率は40%を切っており、60%以上の非自給分はアメリカに大きく依存しています。そのアメリカの農業も、種子から肥料、農薬そして最終の作物まで一部の企業が独占しています。

また日本国内の農業生産についても、農機具の燃料、施設の燃料・電力、そして作物の輸送・流通にわたり石油に依存しています。ご承知のように日本は石油のほとんどを輸入に頼っています。で、種子企業も農薬・化学肥料企業も穀物企業も石油メジャー傘下だったりするので、日本の食料はまるごと一部の資本の影響下にあるといってもよいでしょう。

ところが、今後ピークオイルが過ぎ(一説には2010年とも、もう過ぎたともいわれます)、原油の生産が減少してまいりますと、これがどうなるのか予断を許しません。ちょうどサブプライムローンの破綻を契機とした金融不安から、モノに流れたマネーが原油価格を押し上げているそうです。今後世界的な不景気になれば、生産が滞り、原油価格は下落するという見通しを持つ人もいますが、埋蔵量があと40年といわれる石油の生産量が徐々に減り始めれば、原油価格は下がってこないどころか、石油の争奪からさらにどんどん高騰することも考えられるのではないでしょうか。

このあたりのことは、素人の私では予測のつかないところですが、量・価格の両方から石油が手に入りにくい世の中になるということを念頭に、今後の農業を、また食料を考えて行くべきと考えます。

国内の食料生産については、前述したとおり、トラクターなどの農耕機械もハウスなどの施設も軽トラックなどの輸送手段も原油高騰のあおりを食うでしょう。高いだけならまだしも、庶民の手に届く石油がないということもでてくるかもしれません。また、農薬、化学肥料はそもそも石油製品なので、農薬や化学肥料に頼った農業をしていることが困難になることが予想されます。さらに、ハウスをはじめ様々な農業資材も石油製品ですので、高騰や品不足に見舞われることでしょう。となると、国内農業そのものがたち行かなくおそれが十分ありますし、たとえなんとかできたとしてもえらくコストの高いものになるでしょう。

これはアメリカやオーストラリアの農場経営だって無関係ではないはずです。石油の不足は食糧の高騰を招くでしょう。すでにバイオエタノール問題で穀物価格は高騰しております。船で運んでくるにも燃料代がかかりますし、国内のトラック輸送の運賃はなおさらだろうと思います。

と、こんなことを想像すると本当に気が重くなるのですが、私には十分起こりうることのように思えるので、何かしら対応できる方策を用意しておくべきではないかと思うのです。まぁ、考えてみれば、どのみちいつまでも石油には頼れないのだし、いち早く脱石油農業に移行するいい機会ととらえて取り組むのが“吉”なのかもしれません。もうすでに脱石油に対応できるような取り組みをされているかたもいます。実はとてもやりがいのある面白い分野かもしれません。




1.脱石油時代の農業における動力

石油に頼らず、どのようにして耕作や運搬を行うか。つまり動力装置のエネルギー源をどうするかということを考えてみましょう。

 (1) バイオディーゼル燃料

さしあたり、トラクターなどの農耕機械は軽油で動いているものが多いので、バイオディーゼル燃料が代替燃料として候補にあがります。これですと既存の農機具をそのまま使えるので有利です。日本では廃食用油からバイオディーゼル燃料を精製することが多いので、廃食用油を回収してバイオディーゼル燃料を生産している事業所(企業であったり、NPOであったり)からバイオディーゼル燃料を買ってきて運用するということになります。あるいは自前でバイオディーゼルプラントを設えて、自前で燃料を作るという方法もありましょう。

しかし、日本中の廃食用油を集めても、現在日本で消費される軽油量の1%程度にしかならないので、量は非常に限られてしまいます。それにそういう状況であれば食用油も貴重品になるので、廃食用油自体が少なくなるかもしれません。そこで、菜種などのエネルギー作物を栽培して食用油として販売し、その廃食用油を回収して燃料にするという「農家-消費者-バイオディーゼルプラント」という循環を作り出すことも考えられます。一つの生産消費共同体です。現在のバイオディーゼルプラントはエステル化法を用いた製法が多いのですが、今後、さらに優れた精製技術が出てくるかもしれません。
バイオディーゼル精製の特殊ポリマー技術を開発…ローム アンド ハース

 (2) 電気

長期的な展望で考えますと、農業用動力もゆくゆくは電気にならざるを得ないでしょう。すでに電動で動く運輸機械はいろんなところに普及しています。テレビでナイター中継を見ると電動カーがリリーフピッチャーを運んでいます。ゴルフ場に行きましても電動カーがゴルファーを運搬していますし、企業内や倉庫では電動フォークリフトは当たり前に動いています。もっとも身近なのは電車でしょう。すでに技術は確立しているので、農機具メーカーがその気になれば電動トラクターや電動田植機などもさほど難しくないのではないでしょうか。私が知らないだけですでにあるのかもしれませんし。あとは蓄電効率や充電スポットをどうするか、電力の供給の問題だと思います。

現在の電動カートは鉛蓄電池を利用したバッテリーカートですが、これですと、放電も問題や、気温の問題、バッテリー寿命や廃棄の問題があります。そこで、より優れた電気貯蔵技術が求められます。電気を貯めることについては、農機具のような出力変動のあるものの場合、燃料電池よりも超高性能キャパシタが有利ではないかと思います。
「5分の充電で800km」新キャパシタ電気自動車
 
再生型燃料電池と組み合わせてカセット式補給とすればエネルギーチャージも簡単かも。
ダイハツ 白金使わぬ燃料電池 低コストの製造技術開発

ダイハツの燃料電池軽トラに期待したいですね。

  a) 太陽光発電

では、電気をどこから得るのがいいのでしょう。一般事業用商業電力から電気を買うという方法がありますが、これは結局、石油、天然ガス、それに原子力に依存することになりますから私は反対です。電気も自給自足、地産地消ができるといいですね。まずは、小屋、倉庫、車庫、集荷場などの屋根に太陽電池パネルを設置するということが考えられます。それによって発電された電気は再生型燃料電池で貯蔵しておき、必要時にキャパシタ農機具やキャパシタカートに充電する。という様子が浮かびます。

  b) 小型風力発電

電気を取り出す方法はなにも太陽光発電に限りません。農地に小型風車を設置して、そこで得られた電気を同様に貯めておくというのもありでしょう。風力発電は羽根の形によって得意不得意があります。農場に設置し、電気を貯蔵しておくことを考えると、多方向からの風に対応できて、風速が微弱でも発電できるタイプが有利だろうと思います。私はこの、quietrevolution社の「qr5」というタイプが農場向きではないかと思います。なんかDNAを彷彿させる二重らせん構造みたいでかっこいいし(実際のqr5は三重らせん構造ですが)。

  c) マイクロ~ピコ水力発電

農業に水はつきものですから、水力発電の可能性も考えられます。農民兵様のご提案にありました、農業用水路にマイクロ水力発電~ピコ水力発電を設置するというアイディアはとても興味深いですね。水力発電の電力量は水量と落差の積に比例します。ですから落差の小さな農業用水路では大きな電力を得るのは難しいものです。しかし、電気を貯めることができれば、昼夜問わず得られる水力発電は馬鹿にできないものでしょう。これも羽根の形状によって出力に特徴があります。私はらせんスクリュー型が面白そうだと思うのですが。これも見た目で。

らせん羽根の風車は軸に直角方向の風を回転に変えますが、らせんスクリューの水車は軸方向の水流を回転に変えます。らせんという構造は線形の力を回転に変えるという点で面白いと思います。
小出力の風量発電や水力発電のプロトタイプは、自転車のハブダイナモ(前輪の軸に発電機があるやつ)で自作可能ですので、いろいろ試行錯誤しながら工作するのも楽しいのではないでしょうか。たとえば二重反転ヘリコプターのように二つの羽根の回転を逆向にすれば、回転数が相対的に倍になって発電量も倍になるのではとか(回転するダイナモからコードを引っ張ってくるのが大変そうですが)。

  d) 水発電?

水というと、こんなプレスリリースがありました。水をアルミニウムから水素を発生させて燃料電池に蓄えるという技術です。水がエネルギー源になるのなら、これは画期的なことですね。
水とアルミニウムを水素発生源とした燃料電池を開発
~10ワット級の燃料電池をモバイル電源で実証~

  e) バイオガス、バイオ発電

さて、農業といえば、当然バイオマスも豊富です。稲藁、籾殻、廃棄野菜果実、家畜糞尿など。これらバイオマスを嫌気性発酵させてバイオガス(メタンガス)を得る。メタンガスは都市ガスの主成分です。当然バイオガスを燃料に使うこともできますが、メタンを改質して水素を取り出せば、メタン燃料電池となります。メタンを介さずに直接水素を取り出す水素発酵というのもあるそうです。また、発酵ではなく、直接セルロースから水素を取り出す技術も研究されているようです。そうなると稲藁や廃材、間伐材がエネルギー源として利用しやすくなります。
【 2007年7月24日 セルロースから高純度の水素製造に成功 】

  f) 日本はいつの間にかバイオマス大国

ところで、バイオマスは石油由来の農薬や化学肥料から脱却する上でも重要になります。有機農業についてはさまざまな意見があることでしょうが、今後の石油動向を考えれば、否応なく有機農法に移行せざるを得ないのではないかと思います。現在日本で排出される家畜糞尿はそれだけで日本全体の肥料をまかなえるほどの量があるという話しも聞きます。考えてみれば、家畜飼料はそもそもバイオマスですから、大量の飼料を輸入することはバイオマスを大量に輸入しているとも言えます。そしてそれは家畜糞尿というバイオマスに形を変えて日本にふんだんに蓄積しています。(同じ意味で、鉄原料・アルミ原料も、スクラップという形で日本にはすでに貯蔵されています)。

  g) 有機農法はエネルギーを作る

で、家畜糞尿、人糞尿や様々なバイオマスから堆肥を作ったとしましょう。堆肥が発酵する時には熱が出ます。それはだいたい80℃くらいにまでなるといいます。この発酵熱を何かに利用できないか。温水にしてハウス暖房に利用するなんてことも考えられます。ところで、こんな記事を見ました。
スターリングエンジン実用化にめど 松下電器

この80℃ほどあるという発酵熱を利用して、外燃機関であるというスターリングエンジンを回して発電することはできないでしょうか。

また、熱をエネルギー源にするということではこんな記事もあります。
ありふれた酸化物から巨大な熱起電力を発現する材料の開発に成功
(熱電変換材料の実用化に大きな前進)

電圧をかけると温度勾配(温度差)を生じるペルチェ素子というのがあって、ポータブル温冷蔵庫などに利用されています。それを逆にして、温度勾配があると電流を生じるようにした場合は、ゼーベック素子(これらを総称して熱電素子という)と呼ぶのだそうですが、上で紹介したような素子が実用化され、安価に大量に供給できるようになれば、これは画期的なことになります。

  h) 温度差あるところがエネルギー源

火力発電にしろ原子力発電にしろ、あるいは地熱発電や太陽熱発電にしろ、従来は高温で蒸気を発生させてタービンを回して発電するもので、それ相当に高温でないと発電効率が悪く、実用できなかったわけです。スターリングエンジンやゼーベック素子を用いて、わずかな熱(ある程度の温度差)から電気を取り出すことができるとなると、エネルギー源は無数にあることになります。温度差が小さくて発電出力が小さくても、電気を貯蔵しておくことができれば、塵も積もれば山となるです。先の述べたような堆肥の発酵熱から電気が採れれば堆肥場が発電所ですし、雪国の温泉で雪見風呂と洒落込んでいる時に、温泉の熱と雪との温度差を利用してせっせと来春の田植え用の電気を貯め込んでおくことができます。(デジタルオーディオは耳の体温をエネルギー源として動作することができるようになるかも。ただし熱飽和しないように冷却フィンが必要)

  i) 電気貯蔵技術こそキーテクノロジー

太陽光、風力、マイクロ水力、バイオマス、温度勾配…エネルギー源は実はたくさん存在しています。そう考えますと、再生型燃料電池や超高性能キャパシタなどの電気貯蔵技術が普及するということがいかにエネルギー問題の解決に道を開くかがわかります。そしてそれは日本に限らず、世界中どこでもエネルギーを取り出すことができることを意味します。つまりエネルギー争奪戦争が意味をなさなくなる可能性があるのです。こういう技術こそ日本が力を注ぐべきところではないかと思います。

 (3) もうひとつの動力

さて、バイオディーゼルと電気の話しをしましたが、バイオディーゼル燃料は原料の確保と、絶対量の不足の問題がありますし、電気貯蔵技術や電動濃厚機械はその実用化と普及がいつになるか不透明です。石油が不足し始めるのと、それらの技術が普及するのがうまくクロスしてくれればいいのですが、そこはなんともわかりません。そうなると、農作業の動力源はなにに求めればいいでしょう。バイオマスを動力源とした多機能動力装置があります。それは「人」(パワーに優れた姉妹品「牛」「馬」もあります)。つまり人海戦術ですね。とにかく人手を集めて手作業することです。

2.脱石油時代の農業における労働力

石油危機になれば現在の日本の農業はたち行かなくなります。耕す、苗を植える、農薬を散布する、肥料を施す、刈り取る。乾燥させる、集荷する、配送する。全てに石油は介在します。石油が足りないとなれば、人手をかけて何とかするしかないのですが、この「人」の問題こそ、現在の日本の農業の最も切実な問題のように感じられます。

 (1) 日本の農業人口

日本の農家戸数は昭和25年の618万戸をピークに、平成17年現在では285万戸まで減少しています。日本の農業人口はおよそ500万人、うち65歳以上がおよそ300万人。農業人口の60%が65歳以上だということです。総人口に占める65歳以上の割合が20%ということを考えると、いかに農業が高齢者によって支えられているかがわかります。そして、その65歳以上のかたは10年後には75歳以上になるわけです。私は、農業問題のもっとも大きな難問はこの農業従事者問題ではなかろうかと感じます。

 (2) 誰が食料を作るのか

ここで、農業の高齢化問題、人手不足を外国人労働者で補おうとするのは大きな誤りだと思います。研修生などと体のいい肩書きをつけて、補助金をつけて農家にあてがったとしても、そんなその場しのぎがうまくいくとは思えません。これは結局国内の人口を増やすことになりますし、その人たちも結婚もすれば、子供もでき、そして年を取っていきます。新たな社会保障問題が生じることになります。それにこちらの思惑通りに相手が従ってくれるとは限りません。善良で真面目な人ばかりだといいのですが、それはあまりに無邪気で都合の良い願望でしょう。途中で行方が分からなくなったり、軒先を貸して母屋を取られるなんてこともあり得ない話しではありません。

では、食糧危機になって需要が高まり、国内農業生産の増産が求められるようになえば、自然と就農する人が増えるでしょうか。現在でも就農希望者はちゃんといますから、食料の先行きが怪しくなればより多くの人が農業を指向することもあり得るでしょう。とはいっても、いきなり「食べ物を作りたいから農業させてください」と地方に行ったら農業はできるものなのでしょうか。そんなに簡単なものではないでしょう。しかし、十分農業についての勉強をして、研修を積み、戦略的に農業経営を考えられる、意欲のある人にとってはチャンスがあると思います。

 (3) 「半農半X]という考え方

「半農半Xという生き方」という本があります。塩見直紀さんというかたが書いておられれのですが、この「半農半X」というのは、自給的な農業をやるかたわら、何かしらの好きな仕事や社会活動をしてゆくという考え方です。農業のかたわら税理士をやれば「半農半税理士」となります。タレントのTOKIOの皆さんが農村生活をする番組がありますが、農業生活をしながらタレントをやれば「半農半タレント」ということになりましょうか。兼業農家といえば兼業農家ですが、ただ収入のために働くというよりは、自分のやりがいのある仕事を追求するという意味合いが強いようです。最近ではこうした考えに共感し、遊休農地を借りたりして実際に実践している人も増えていると聞きます。

 半農半Xという生き方 (単行本) .塩見直紀,ソニーマガジンズ,2003

 (4) 「援農」~現代の「結」

「結(ゆい)」とは、日本の農村社会において、屋根の葺き替えなど人手を要する時に、互いに力を貸し合う相互扶助の慣習です。「困った時はお互いさま」の精神といえばいいでしょうか。これは本来農村の中で農民同士の互助であったわけですが、これを生産者と消費者の互助と考えて想像を巡らせてみたらどうでしょう。必要な時に消費者が生産者のお手伝いにくる。消費者は普段、それぞれの場所で自分の仕事を持ち、自分の仕事をしているわけですが、それが必要あらば生産者のもとに駆け参じ、農業のお手伝いをするのです。このように都市住民である消費者が農業を有償または無償で手伝うことを「援農」というのだそうですが、こういった個人や団体はすでに行われていて、それをとりまとめたり斡旋している自治体もあります。こういった消費者参加型の農業形態は着実に手応えをつかんでいるようです。

いま、米と田んぼが面白い 「消費者」から「当事者」へ.現代農業2007年8月増刊(77号).農産漁村文化協会,2007

なにしろ、石油危機になればすなわち食糧危機です。「日本の農業をなんとかせよ」と叫ぶのも大事ですが、消費者自身の生存のためにも、生産者との連携を作って農業に参加してみましょう。実際に現地へ行って、見て、話しをして、手伝ってみる。これは私自身への課題でもあります。

もちろん、農村には農村のやり方があります。いきなり押し寄せて都市の都合を押しつけてもうまくいくはずがありません。逆に、農家が都市の人に対して強い立場を振りかざしても、遺恨を残すことになってお互いのためになりません。立場の違う人の共同作業となるのですから、そのあたりはどのように取りまとめ、運営してゆくかに工夫が必要になるでしょう。多くの場合、農家の人は素人が農場に入るのを嫌います。慣れない手つきで作物を痛めてしまい商品価値を落としてしまう。下手に果実を採って来年実をつけるはずの枝を台無しにしてしまう。など、専門家から見るとはらはらものだったりします。なれない仕事なのですぐ根を上げてしまって、農家から見ればどれくらい任せられるか見当がつかない。となると、手伝う側は農民としての実力を身につけてゆく、農業の腕を上げるよう意識しながら取り組むのがよいでしょう。

 (5) パートタイムファーマー

「半農半X」という場合は、自分が農地を得て、自分で農業を経営します。つまり他の仕事もする自作農です。これに対して、お手伝い部隊のほうは自分で農地を持っているわけではありませんがから、いってみれば他の仕事もしている小作農。「半農半X」というより「半X半農」。通常は別に仕事を持っていて、その他に農業に従事するパートタイムファーマーです。そのためには時間を作る必要があります。仕事の都合に絡め取られて、やたら忙しく、自分の時間なんか全くもてないという人より、自分の仕事の時間を制限し、自分で自分の時間をマネジメントできる人の方が有利になります。

 (6) 現物支給~引換券

そのお手伝いに対しては現物でお返しするというのはどうでしょう。手伝ってもらう時点では生産物はできていませんから、生産物と交換可能な引換券としてお渡しします。おコメ券とか、お芋券、蕪券とかですね。例えば、田植えを手伝ってもらうと平成19年産米10kgおコメ券2枚をお渡しするというあんばいです。そうしますとこれは農家発行の兌換紙幣というになります。その年のお米なので、時間がたつにつれ古米になりますから、これは減価する貨幣でもあります。生産物はもちろん売りますが、引替券の分はあらかじめ優先的に確保しておきます。手伝った人は、働いた分ちゃんと食料が確保されます。たくさん働いて引換券もたくさんいただいたら、お世話になった人へのプレゼントとして譲渡したり。

こういうところがいくつか集まって、地域で単位を統一したらどうでしょう。たとえば共通通貨単位「ダラ」とか。そうなりますとこれは地域通貨です。「人手募集。1日2ダラ」「加藤さんちのお米。コシヒカリ10kg1ダラ」「山田さんちの野菜詰め合わせ。1年3ダラで毎月お届け」「廃食用油買い取り10リットル1ダラ。バイオディーゼル1バレル300ダラ」「本日の円ダラ為替相場、1ダラ3,000円」とか。

 (7) 1戸の農家でまかなえるか

脱石油時代の農業というところから出発してあれやこれや勝手な空想を述べましたが、こういったことに取り組みますと、従来の農業経営に加えてバイオディーゼル燃料を調達したり、太陽光パネルやらその他発電設備、および再生型燃料電池、超高性能キャパシタといった電気貯蔵技術、最新のキャパシタトラクターや燃料電池軽トラックなどの電動農耕機械を導入したり、はたまた、多くのパートタイムファーマーを募集し、予定を調整してスムースに人員を運用したり、年間を通した全体の流れを把握して予定を立て、生産を予測して、オリジナル通貨の発行量を決め、その配分を決めたり、生産物の配布を手配し、販路を確保したり、財務会計を管理してゆくことを1戸の自営農家がこれをまかなえるでしょうか。もちろん、先見的な着想、世界的な視野をもって、意欲的にさまざまなことに挑戦してゆく農業者もいらっしゃることは存じております。しかし、全ての農家がそうとは限らないことでしょう。

 (8) そうだ、会社をつくろう!

せっかく「半X半農」のパートタイムファーマーが集まるのですから、それぞれの「X」をもちよって会社を作ってしまうというのはどうでしょう。会社といっても営利目的の株式会社とは限りません。非営利目的の自給的農業中間法人、農業NPOです。農業従事者を中心に、電気工事技師、会計士、イベントプランナー、ウェブデザイナー、etc.etc.…そんな「半X半農」の人が集まったら、なんか面白そうじゃないですか。重要になるのは中心になる人の視野と先見性、経営感覚、そしてなによりリーダーシップでしょう。それが従来農業に従事してきた人ならもちろん結構なことです。

3.脱石油時代の農業における農業体

農業に会社といいますと、すぐ「株式会社の農業参入」という言葉が浮かびますし、「規制緩和」という言葉もすぐ連想されます。規制緩和などといいますが、本来は規制を緩めるところと、規制を強化するところの調整こそが大事であって、「ほら規制をなくしました。切り取り自由ですよ」などというものではいけません。日本の農地が利益追求型の外資系農業株式会社や私利私欲を追求する人たちに占有されたりするのは気持ちのいいものではありませんから。

そもそも、土地は誰のものか。いや、土地を所有するという根拠はなにか。考えてみれば土地を所有するということは、とても大それたことのように思います。そこにすむ動物、植物、虫、微生物がいるというのに、人がそれを“所有”しているというのは理にかなわないような気がします。私にとっては、土地の境界は人間界における人間同士の間の取り決めであって、土地そのものは本来、神様からの預かりもの。だから粗末にしてはいけないし、私利私欲に使ってはいけない。返すべき時がきたら粗相のないようお返しできるように手入れしておくべきもの。と考えるのが一番しっくりときます。

よその国のことはわかりませんが、日本人にとっての農業とは神様に仕えることだと考えます。神様なんて言葉をだすと宗教がかって、それだけで先入観をもたれそうですが、言い換えれば農業とは自然と、社会と、子孫への責任を有するものであって、私的な利益追求にのみ活用すべきものではない。農業体および農民は、自然と公益に対する責任があると思うのです。「会社」の「社」は「神社」の「社」です。「社」は「やしろ」であり、神がおりるところであります。そして「社」は「杜」に通じます。農業に会社というのは実に意味深いことだと思います。

この点からも、非営利目的の農業中間法人がいいのではなかろうかと思います。会員制で一口いくらで会費を集めて資金にする。会員には生産物引換券(オリジナル通貨)を支給し、パートタイムファーマーとして参加する資格が与えられる。実際の労働に参加すればそこでまた生産物引換券が支給される。ゴルフ会員権を買って、ゴルフ場でプレイして景品をもらうのと、農業法人会員になって、畑で働いて野菜をもらうのと、そう変わらないじゃないですか。だったら農業がいいですよ。農業の腕が上がれば、セミプロですよ。

4.脱石油時代の農業における資金、土地、水、種、肥料

 (1) 資金

脱石油にあたっては、発電設備や電気貯蔵装置、電動農耕機械をそろえたりするにそれ相応のお金がかかります。それをどうやって調達しましょう。会員に出資を募ることがまず考えられます。電気関係の設備となると会員の中に電気設備関係のかたがいれば有利でしょうし、会員が集まって設備を自作してしまえばローコストです。業者と交渉する時に、生産物引換券とバーターで値引きしてもらうなんてことも考えられます。新しい設備を導入する先駆的な取り組みですから、使用経過をWeb上で報告することを条件にモニター価格で融通してもらえば、メーカーにとっても宣伝になるのではないでしょうか。このあたりのも「半X半農」集団の強みがあらわれるところでしょう。

まとまった資金を調達するに際に、銀行などの既存の金融機関が貸し付けてくれるかどうかということも重要です。ここに、NPOバンクというのがあります。以前ご紹介した、田中優さんの「未来バンク」はまさに先駆的なNPOバンクで、ほかにも音楽家の坂本龍一さん、元「MY LITTLE LOVER」で現在は音楽プロデューサーの小林武史さん、「Mr.Children」の桜井和寿さんが出資してできた「apバンク」などが有名です。今では日本全国にたくさんのNPOバンクが設立され、環境保護や自然エネルギー事業、福祉事業を中心に融資しています。このNPOバンクは貸金業なので、いわゆる消費者金融と同じ制度上で運営されるのですが、利益を追求しない非営利団体で、きわめて低金利で運用されています。こういったNPOバンクへ出資する出資者は、自分たちのお金が環境や福祉などちゃんと行き先の見える形で使われて欲しいと思って、配当は期待せず、元本割れのリスクも承知で、自分たちのお金を出資しています。このNPOバンクは、大きな力になってくれるのではないかと期待いたします。なんなら、この際、自分たちでNPOバンクを立ち上げてもいいかもしれません。融資先は脱石油時代の農業に取り組もうとする個人および団体ということで。

戦争をやめさせ環境破壊をくいとめる新しい社会のつくり方―エコとピースのオルタナティブ (単行本).田中優,合同出版,2005.

「新しい貯金」で幸せになる方法―あなたの生活を豊かにする「NPOバンク」「匿名組合」のススメ (単行本) .樫田秀樹,築地書館,2006.

 (2) 土地

「先祖代々の田畑」という言い方をしますが、戦後の農地改革によって土地を得た農家も多いことでしょう。この農地改革は1947年、GHQの指揮のもと日本政府によって実施され、一般には「地主が保有する農地は、政府が強制的に安値で買い上げ(事実上の没収)、小作人に売り渡された。これは、全国的に行われ実に7割余りの農地が地主から小作人のものに換わった。日本の農家はこれによって基本的に自作農となった。自分の農地になったことにより生産意欲が湧き、日本の農業生産高は飛躍的に増進した。(Wikipedia)」とされています。

やっと手にした農地だからこそ思い入れも深いのかと思います。“寄生地主”から農地を解放したという、良いイメージで語られることの多い農地改革ですが、一方では、農地の細分化によって大規模で効率的な経営、戦略的な経営が難しくなったという側面もあるようです(「寄生」という言葉がそもそもプロパガンダくさいのですが)。良い土地を小作に貸して、生産性の上がらない良くない土地は自分で耕すことで、小作に便宜をはかっていた地主もいたそうです。それに、地主は生産計画から流通、会計まで農業という総合企業の経営中枢だったので、GHQの行ったことは、小作の自立という側面と、農地の細分化、農業経営者潰しという側面とがあったといえましょう。

今後、石油枯渇によって、またその他の理由によって原油価格が高騰した場合、あるいは有事によって石油の輸入が困難になった場合を考えますと、労働力や燃料など、投入エネルギーの合理的な運用が必要になると思われます。そうしますと、ある程度集約的な農場経営が有利なのではないかと思います。その際、農地が離れ離れに点在していたのではかえって不効率です。近接した集約的な農地が有利なのでしょうが、地権者を取りまとめるのはなかなか難しそうです。

高齢になって農作業が厳しくなった農家のかたに会員になっていただき、農地を貸してもらう。いろんなノウハウを教えてもらいながら生産物を提供していく。などしながら地道に農地を集約してゆくことが考えられましょう。

 (3) 水

日本は世界的に見れば水に恵まれた国土です。しかし、水は飲用や調理、農産物の生産に使われるだけではなく、さまざまな産業の分野で洗浄やら冷却やらに使われるため、日本の人口規模や産業規模との兼ね合いで言うと、決して豊富というわけではないようです。

また、日本の国土は急峻であるため、放っておけば、あっというまに水は海に流れてしまいます。それを留めておくのは、山野の森林と水田の保水力です。棚田などは資源のカスケード利用の象徴のようなものでしょう。そのような恩恵もあって日本は地表水主体で農業ができます。また雨が多いこともあって地表に塩が浸透表出するのを洗い流してくれます。世界の至る所で、地下水を汲み上げ灌漑することで塩害が広がり農業が壊滅的な打撃を受けていることを考えると、たいへん恵まれたことだと言えます。神話の時代から、水田用水を整備し、植林してきたご先祖様のお陰でもありましょう。

しかし山が荒れれば、土砂崩れなどで表土が流出し、保水力が失われます。また温暖化に植生がついていけなくなれば立ち枯れの問題も出てきます。山が荒れれば、里も荒れ、海も荒れます。山を循環させるため国産木材の利用を促進し、山を適切に管理してゆく必要があります。

 (4) 種

現在の種苗はF1品種と呼ばれる一代交配種が多くを占めているといいます。農業をしている人には当たり前のことでも消費者はあまり知らないかもしれません。食味、収量、耐病虫性、耐気候性など、それぞれの長所をもつ品種を掛け合わせて作る品種で、農家にとっては管理しやすく品質が均質なので流通に乗せやすいというメリットがあり、また、翌年の種を取る必要がなくなるので手間が省けます。ところがこれは一代限りで種は採れません。種苗企業からしてみれば、種が採れてそれが広まったら商売上がったりですものね。それで、農家は毎年種苗企業から種を買うことになります。種自体が、商売のタネであり、戦略物質なのですね。しかもこのF1品種は、どの農薬どの化学肥料をどう使うのかレシピ付きで、農薬と化学肥料をたくさん必要としているそうなのです。

これに遺伝子組み換え作物の問題も加わります。遺伝子組み換え作物を推進したい人はその長所を宣伝するのでしょうが、遺伝子組換えならばなおのこと、一代限りであったり、特定の肥料を必要としたり、ということもお手のものでしょう。この問題の厄介な点は、一所懸命在来種を作っていても、隣の畑でF1品種を栽培していれば交雑してしまって、形質が変わってしまう。F1品種の特性を取り入れて種が取れなくなってしまう、ということがおこるのだそうです。

私は人が自然のものの遺伝子をいじるということに対して畏れを感じるので、遺伝子組み換えなどすべきではないと思っています。それに、遺伝子レベルから誰かの支配を受けているなんてまっぴらなので、日本各地、その土地その土地で育まれ、受け継がれてきた在来品種を大事にして、自家採種してやっていきたいものです。本来、農産物とはそういうものではないでしょうか。

 (5) 肥料、農薬

肥料や農薬については先述した種子との関係もあり、ともに一部食料企業群体の強い影響下にあります。肥料や農薬については、安全性についての議論があります。その場合の安全性とは健康への安全性と環境への安全性とを考えなくてはなりません。農薬・化学肥料に反対の立場の人は無農薬有機栽培を推奨します。無農薬有機栽培を実践している人たちもたくさんいます。農薬・化学肥料の問題はいくつかポイントがあるので、単に、「いい」「悪い」だけで言えるものではないようです。しかし、世界最大の種子企業が、かつてPCBやダイオキシン製剤であるエージェントオレンジ(枯葉剤)を作っていたことを思うと、遺伝子組み換え作物やそれとタイアップした除草剤やら農薬やらに安心感を感じることはできません。

それに重要なことは、石油不足時代がくれば石油由来の化学薬品を使う農業はたち行かなくなるということです。。どのみち有機農法を指向することになるだろうから、今のうちに有機農法に移行しそのノウハウを蓄積すべしと考えます。これについては、永井俊哉氏の「沙漠を緑化するにはどうすればよいのか」が大変参考になります。
日本人は魚と鯨を食べて、その人糞尿を肥料として農業をしましょう。食糧自給率のコラムでもふれましたが、日本の国内自給力でやってゆくには米と魚を増やし、小麦と肉を少なくする必要があります。もともと日本人は四つ脚を(おおっぴらには)食べない民族だったことを思い出しましょう。

以上、長々と書き連ねてきました。なんだかわかったようなことを言っていますが、私は農業については門外の素人ですので、見当違いなことも多々あることでしょう。これらはいくつかのネットで収集可能な情報をもとに空想を巡らせたものですので、これをたたき台に、様々なかたのお考えやアイディアをお聞かせいただければ幸いです。



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