2009年4月24日金曜日

疫病の季節 2 ~パンデミックの被害

■諸説ある推定死亡者数

新型インフルエンザが流行した場合、推定される死亡者数は、感染率、致死率をどう考えるかで変わってきます。

厚生労働省は、新型インフルエンザが日本で流行した場合、国民1/4が感染し(感染率25%)、医療機関を受診する患者数は約1300~2500万人、入院患者は53万~200万人、死亡者は17万~64万人が死亡すると試算しています。はたしてこれは妥当な推計なのでしょうか。注意すべきは、この数字はスペインインフルエンザの際の致死率2%を参考に試算したものだということです。

オーストラリアのロウイー研究所の試算では、日本で流行した場合、人口密度の高さから死亡者は210万人にのぼると見積もっています。第二次世界大戦での日本の死亡者は軍・民間合わせて推定210万人ですから、それと同規模の死亡者数といえます。しかしこれも弱毒型と仮定しての推定なのです。

国立感染症研究所ウイルス第三部部長で、WHOインフルエンザ協力センター長の田代眞人氏は、インタヴューの中で、次のように述べています。


「実際にはどの程度の被害を想定すべきなのか。そこで米国が想定している致死率20%を採用し、感染率を中間の30%として、日本の人口1億2800万人を掛けてみてください。米国の見積もりを採用すると、なんの対策もなしにパンデミックが起きると日本では768万人が死亡するという数字が出てきます。感染率を25%としても、600万人以上の死者が出るということになります。」

http://www.nikkeibp.co.jp/sj/2/interview/90/index5.html

この田代氏の話でも、感染率30%、致死率20%という想定での試算です。もしこれが、感染率40%で、60%という致死率のまま流行したとしたらどうでしょう。1億2800万人の人口のうち、3072万人が死亡するという数字が出てきます。実に人口の1/4が死亡するということです。


■いったん起こったパンデミックはどのように終息するのか?

パンデミックが起こったら、極力外出は控え籠城することが推奨されています。ひきこもり作戦ですね。ここで疑問に思うのですが、感染していない状態で引き籠もったとして、それっていつになったら「安全」になるのでしょう? いつになったら「もう感染の心配はありませんよ。大丈夫ですよ」となるのでしょう? すでに世の中は「新型インフルエンザが"ある"世界」になっているのです。世の中に新型インフルエンザウイルスが存在していれば、外の世界は常に感染リスクがあるということになりませんか? 

そもそも、いったいパンデミックはどのように終息するのでしょう。国立感染症研究所の岡田晴恵氏はインタビューの中でこう言っています。

(引用)
岡田:では、なぜパンデミックが終息するかご存知ですか。
――ウイルスが突然変異で弱くなるからでしょうか。
岡田:そうではなく、社会の構成人員の一定数が罹患(りかん)することで免疫を獲得するからです。数値シミュレーションでは、構成人員の6割から7割程度が免疫を獲得すると、パンデミックが終息することが示されています。ウイルスはどんどん別の個体に感染することで広がっていきますが、感染しようとした先が既に免疫を持っていたとすると感染は成立しません。そこで感染拡大が止まるわけです。免疫を持つ人が増えると、感染拡大が止まる確率が上昇し、パンデミックが終息するわけです。
 逆に、事前に6割から7割が免疫を獲得している場合にはパンデミックは起きないことを示した研究もあります。
http://www.nikkeibp.co.jp/sj/2/interview/91/index4.html

ちょ、ちょっと待ってください。社会の構成員の6~7割が免疫を獲得するってことは、そうなるまでにどれくらいの人が感染し、どれくらいの人が死んでるってことなんですか? しかも岡田氏は同じインタビューの中で、
「ヒトに感染した場合は、「感染したけれども症状がでない」という不顕性感染はまずありません。100%発症します。(http://www.nikkeibp.co.jp/sj/2/interview/91/index2.html)」とも言っています。つまり新型インフルエンザは、不顕性感染はなく発症率ほぼ100%だと。致死率20%だとか60%だとかいわれる病気の免疫を持つ人が6~7割になるまでにはどれだけの犠牲者を出さなくてはならないのでしょう。

仮に、十分な人的接触のある1億2800万人の集団があったとしましょう。その集団で発症率100%致死率20%の感染症が流行したとします。そうしますと、全体の65~74%にあたるおよそ8300万~9500万人が感染し、100%の人が発症して、1670万~1900万人が亡くなり、6700万~7600万人の人が快復したところで、人口集団の免疫獲得率60~70%となります。

では、致死率60%という高い致死率のまま流行したとしたらどうでしょう。そうしますと、全体の79~85%にあたるおよそ1億~1億1000万人が感染し、100%の人が発症して、6000万~6500万人が亡くなり、4000万~4400万人の人が快復したところで、生存している人口集団の60~70%が免疫を獲得したことなります。生存者は未感染者と発症からの快復者合わせて、6200万~6700万人。実に人口は半分ほどに激減します。

以上から、いったん起こったパンデミックが終息するのは、構成人口の6~7割が免疫を獲得した時点である。それは、発症率100%致死率20%なら8300~9500万人が感染した(死者は1670~1900万人)時点、発症率100%致死率60%なら1億~1億1000万人が感染した(死者6000~6500万人)時点である。ということになります。

岡田氏の話から考えてみましたが、これでいいのかなぁ。私の試算には勘違いがあるような気がするけど。というか、あってほしい。


■ウイルス感染の過程

岡田氏の話の中に不顕性感染という言葉がでてまいりますが、一般にウイルス感染症は次のような経過をとります。

1)曝露 ウイルスが人や動物など宿主の細胞表面に付着する
ウイルスは物理的接触によって皮膚表面に付着したり、飛沫や空気中の微粒子として鼻腔や咽頭に入ったり、食物などを介して経口的に腸管に至ったり、あるいは性行為によって性器や尿道などに接触するなどして生体の細胞表面に付着します。場合によっては皮膚や粘膜表面の小さな傷口から血液中に入ったり、注射などの人為的行為や蚊などを媒介として血液中に入ったりすることもあります。ウイルスが生体と接触機会があっただけでは感染したとはいえません。ウイルスにはそのウイルスが感染しやすい宿主、侵入しやすい臓器細胞があるからです。

2)感染 ウイルスが細胞内に侵入し増殖する
インフルエンザが咽頭や鼻腔の細胞に感染して呼吸器症状を起こすように、ノロウイルスが腸管の細胞に感染して下痢などの消化器症状を起こすように、ウイルスと宿主との関係で、感染しやすい宿主、侵入しやすい細胞が決まっております。しかし、ウイルスはやすやすと標的とする細胞表面に到達できるわけではありません。皮膚の角質層や粘膜表面の粘液などによってウイルスは侵攻を阻まれますし、また宿主側には異物である病原体を排除しようとする反応が生じます。まずは汎用性の高い非特異的防御システム(自然免疫)が発動し、攻防戦が開始されます。と同時に生体防御機構は敵(ウイルス)の特徴を解析し、それに特化した強力な特異的防御システム(獲得免疫)の編成に取りかかります。
しかし前述のように、初めて遭遇する外敵の場合、その編成までには数週~1ヶ月ほどの時間がかかるため、どうしても「初物には弱い」ことになります。逆に一度戦火を交えたことのある相手なら、その記録があるので速やかに特異的防御システムを配備し迎撃することができます。
ウイルスのほうはといいますと、そういった生体防御機構をくぐり抜け、標的となる細胞に到達し、その細胞内に侵入します。そして細胞自体の増殖能力を勝手に利用してウイルス自身を複製していきます。ウイルスが増殖した細胞は破壊され、増殖した大量のウイルスが放出されます。放出されたウイルスが標的細胞に...(以下続く)。このように、細胞にウイルスが侵入して増殖することが確立された状態が「感染した」状態です。この状態に達する力の強いウイルスが「感染性の強い」ウイルスです。感染が成立するには、感染性の強いウイルスなら比較的少量、感染性の弱いウイルスならより多くの量が必要になります。

3)増殖 ウイルスが活発に増殖する
このように、侵入~増殖~破壊~放出を繰り返しながらウイルスは活動範囲を広げていきますし、生体側はそれを不活化~排除しようとします。病原体が1個や2個では症状はでません。症状が発現するにはそれ相応の数までウイルスが必要になります。さらに、ウイルスが増殖しても特に症状を呈さな場合もあります。この場合、「感染性はある」が「病原性はない」ということになり、これはそのウイルスとその宿主との関係によります。例えば「鳥インフルエンザは鴨には病原性はないが、鶏や人には病原性がある」ということです。またこの場合、症状を呈することなく感染している鴨は、鳥インフルエンザのキャリア(保菌者)となります。
ウイルスが増殖しても、その数が少ないうちは症状が現れません。感染はしていても症状を呈するに至らない時期の感染を「不顕性感染」といい、この期間を「潜伏期」と呼びます。この時点で生体の免疫機能がウイルスの増殖を凌駕し、生体から駆逐すれば「不顕性感染のまま治癒する」ということになります。症状には現れませんが感染し生体防御機能が発動されたので、そのウイルスに対する特異的免疫は獲得され、次に同じウイルスに暴露した場合には効率よくその特異的免疫機能が発動されます。そもそも感染していなかったのか、不顕性感染だったのかは、症状がないので自覚的には区別できません。感染していないのか、不顕性感染だったのかは、後に免疫学的検査などをして判別できます。

4)発症 症状が発現する
毎年流行する季節性のインフルエンザウイルスは、ヒトの体内で爆発的に増殖し、約8時間で100倍に増殖すると言われています。1個のウイルスは24時間後には100の3乗、つまり100万個になる計算です。ウイルスの増殖が進行し、ある程度の量に至ると臨床的な症状が現れます。つまり発症することになります。季節性のインフルエンザウィルスが症状を現すためには100万~数千万個のウイルスが必要であり、ということは最初に数十個のウイルスに感染すると約1日後には症状が出始めることになります。多くの場合この時点で鼻水や喉の痛みといった症状として自覚され、「風邪ひいたみたい」という具合に感染に気づかれます。症状を伴う感染を「顕性感染」と呼びます。
ウイルスの増殖が活発で破壊活動が盛んになると、免疫機能も水面下での攻防では追いつかなくなり、いよいよ本格的な火力の投入となります。ウイルスの増殖と免疫機能との攻防が激しいほど、生体内では局所的にあるいは全身的に、破壊された細胞、駆逐されたウイルス、戦死した免疫細胞、弾薬薬莢、免疫部隊を誘導する信号弾など瓦礫残骸の山となります。戦火の激しさは熱や痛みや腫れといった「炎症症状」となって現れます。発熱はウイルスの破壊工作に対する免疫機能の火力の激しさ、友軍の奮闘ぶりを表しており、脱水を起こすなど生体機能全体に深刻な影響を与えない限りは、熱はむやみに下げるものではありません。

5)転帰 ウイルス増殖と免疫反応に決着がつく
ウイルスは細胞に感染しウイルス自身を複製して増殖すると同時に、その細胞を破壊します。破壊される標的細胞は酸素供給をまかなう呼吸器の細胞だったり、栄養を供給する消化器の細胞だったりするわけで、つまりはインフラをターゲットとして補給路を破壊するようなものです。AIDSを引き起こすHIVは免疫機能を障害しますから、さながら軍事基地を無力化するようなものといえましょう。
ウイルスの増殖が優勢で補給路を断たれてしまえば、生体は生命機能を維持できなくなり、死亡します。免疫機能がウイルスを駆逐し、破壊された機能が復興すれば治癒、すなわち「治った」ということになります。免疫機能がウイルスを封じ込むことまではできても、駆逐できずに小さな規模で均衡状態になるような場合、ウイルスが「寄生」した状態となります。この場合、臨床的に症状はでないものの、ウイルスは生体内に潜んでおり、全身状態が悪化したり免疫機能が低下したりしますと、ワラワラと増殖しはじめて症状を現しはじめます。このような感染を「日和見感染」と呼びます。


■新型インフルエンザに不顕性感染はないのか

よく感染率という言葉が使われます。これは対象集団人口に占める発病者の数をもってそう言われるので、不顕性感染は含まれません。不顕性感染は自覚的には「罹っていない」からです。ですから感染率といわれるものは実際には発症者率といってもよいでしょう。
岡田氏は前述のインタビューの中で、現在確認される鳥インフルエンザのヒト感染例では不顕性感染はない。100%発症するといっております。出現が危惧されている新型インフルエンザもそうだとすれば、発症して快復した人が免疫獲得者となり、そういった"サバイバー"が人口構成員の6~7割までならないとパンデミックは終息しないということになります。その場合の感染率(発症者率)は相当に高くならざるを得ません。

厚生労働省やその他の試算でいうように感染率が25~40%というのであれば、それは不顕性感染があって、不顕性感染で経過した人も免疫を獲得するので、結果として見た目の感染率(発症者率)が25~40%でも、実際の免疫獲得者は60~70%に達してパンデミックは終息するという意味ではないかと思います。

未来に発生するかもしれない新型インフルエンザが発症率100%なのか、それとも25~40%で残りの60~75%は不顕性感染というシロモノなのかはわかりません。そのウイルスの感染性と病原性などの特徴によって、どれくらいの被害規模になるかは変わってくるでしょう。

このあたりのところは素人考えなので、感染症の専門家の意見を聞きたいところです。

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