2009年4月21日火曜日

逝きし世の面影 第五回



また、日本人が動物とどう付き合っているかも興味深いものだったようです。日本人にとって身近で生活する動物は、共に暮らす輩という存在だったようで、家畜家禽を食することはもちろん殺すということも、まるで家族を失うかのように受け入れがたいことだったようです。

『日本の犬はあまやかされている。彼らは道路の真中に寝そべって、道をあけるなんて考えもしない。気のよい人力車夫たちは、かれらにぶち当てるなどけっして考えつきもせず、つねに車を片側に寄せる。そして犬を叱るが、犬の方は尾を振る始末(マクレイ)』
『どの村にも鶏はたくさんいるが、食用のためにはいくらお金を出しても売ろうとはしない。だが、卵を生ませるために飼うというのであれば、喜んで手放す(バード)』
「黒い牡牛を一頭購入した。値段はすぐに折合いがついたのだが、やがて牛が食用に供されるのだと知った島民は『断固として商売を拒否した。彼らが言うには、牛が自然死するまで待つのであれば売ってよいが、屠殺するのなら売らないというのであった(ブラントン)』」

 それに関連して、日本人の生死観について注目し、死を恐れないこととともに生についても逞しい様子が描かれています。

『日本人の死を恐れないことは格別である。むろん日本人とても、その近親の死に対して悲しまないというようなことはないが、現世からあの世に移ることは、ごく平気に考えているようだ(カッテンディーケ)』
『死は日本人にとって忌むべきことではけっしてない。日本人は死の訪れが避けがたいことと考え、ふだんから心の準備をしているのだ(ヴェルナー)』

『日本人とは驚嘆すべき国民である! 今日午後、火災があってから三十六時間たつかたたぬかに、はや現場では、せいぜい板小屋と称すべき程度のものではあるが、千戸以上の家屋が、まるで地から生えたように立ち並んでいる。……女や男や子供たちが三々五々小さな火を囲んですわり、タバコをふかしたりしゃべったりしている。かれらの顔には悲しみの跡形もない。まるで何事もなかったかのように、冗談をいったり笑ったりしている幾多の人々をみた(ベルツ)』

 欧米人にとっては、何事か起こった際の日本人の沈着冷静さ、取り乱すことのない胆の据わった様子も驚嘆すべきことだったようで、

「デュバールはさらにこんな話も追加している。彼は政府高官の屋敷に招かれて、その夜そこに泊まった。隣室は夫人の部屋だったが、夜中その部屋で何人かの足音や話し声がした。翌朝デュバールは、主人から『昨夜はお耳障りでしたでしょう。家内が男の子を産んだのです』と聞かされた。『足音や小声はたしかに聞こえましたが、つらそうなお声のようなものには、まったく気づきませんでした』と答えながら、かれは信じられぬ気分だった。夫人に会ってその勇気を賞賛すると、彼女は言下に答えた。『このようなときに声を立てる女はバカです』。われわれはむろん、そのようなときに声を立てる女がバカでも何でもないことを認めるべきだろう。しかしこの自制と沈着には、やはり人の胸を打つものがあったのである」

ということが紹介されています。

 こうしてみますと、江戸末期~明治初期の日本は階級社会ではあっても支配者ー奴隷社会ではけっしてなく、それぞれの身分を承知した上で、その身分に応じた務めを互いに果たしていたように見えます。武士階級は奢侈贅沢、華美傲慢になることなく、節度と自制をもって自らを律していたのだろうと思われますし、庶民は庶民で身分に応じた自らの務めを果たすことに誇りをもち、自由な精神と独立心もって主体的に生きていたように感じられます。そして、互いへの信頼と親和によって結びつき、自然とともに生きることに喜びを感じて生き生きと暮らしていた様子がうかがえます。

 ここであらためて申し上げておきたいのは、私は当時の日本は素晴らしいから当時に戻ればいいとか、当時を目標にしようと主張しているわけではありません(男女混浴が当たり前を今日主張しても、過半数の賛同は得にくいでしょう)。確かにこの本に描かれる日本は素敵だと思いますし、不思議な郷愁と親愛を感じますが、それは残念ながら失われた文明なのです。今私たちは、資源とエネルギーを大量に消費する文明からの転機に立っています。これから先どういう世の中を指向してゆくのがよいのかを考える上で、日本の今の現状に軸足を置いてそこから未来を展望するよりも、かつてこの国に存在した、自然と調和し質素でありながら豊饒なる喜びにあふれた文明に立ち位置を置いて、そこから未来を展望してみるのが適切ではなかろうか。そのように思うのです。そしてまた、かつてこの国に存在した文明は、世界中の地域や人々においても通じる普遍的な価値を内包しているように感じます。

 そういう意味で、一人でも多くのかたにこの本を知っていただき、そこに描かれる私たちの先祖の生き方の有り様を共有できたらと思い、このたびご紹介させていただいたしだいです。私たちはここに描かれている人たちの末裔なのです。

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秋月便り

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