2009年4月24日金曜日

疫病の季節 4 ~パンデミックを封じる

伝染病の流行に際し、個人においては次の4つの経過が考えられます。

1)感染しない(獲得免疫なし。潜在的に感染リスクを持つ)
2)感染したが発病することなく快復した(獲得免疫あり)
3)感染し発病したが快復した(獲得免疫あり)
4)感染し発病して死に至った

1)と2)は一見区別がつきません。自覚的には「罹らなかった」人たちだからです。例年流行するインフルエンザの場合を思い返してみると、学級閉鎖になったようなクラスでも発病しなかった子がいたり、生活を共にする家族でも罹患しない者がいたりします。他の者同様にウイルスに曝露していることは十分に予想されるので、この場合は感染しなかったというより、発症しなかった(不顕性感染だった)と考える方が妥当だろうと思います。もっとも新型インフルエンザの場合、どの程度不顕性感染があるのかは起こってみなければわかりませんが。

社会的には死亡者数が少ないことがなによりです。そして短期的には重症者や死亡者が医療資源を超えて爆発的に発生することも避けたいところです。しかし長期的には不顕性感染免疫獲得者と顕性感染後免疫獲得者、とりわけ前者が多くなるのが望ましいといえます。つまり、新型インフルエンザの発生と社会的な流行が避けられないのであるならば、その流行はなるべく医療資源が破綻するような患者数の増加ではなく、不顕性感染が多く、また発症しても重症化せず快復し、そうしてゆっくりと免疫獲得者が増えてゆく、そんな経過であってほしいわけです。免疫獲得者が増えれば、感染の連鎖が続かず立ち消えとなる。つまりパンデミックは終息することになります。

さて、新型インフルエンザに対する対策によってどのようなことを期待されるかについてみてみよう。

■パンデミックワクチン

パンデミックワクチンは、遠くない将来に発生するだろうと仮定される新型インフルエンザウイルスに対する獲得免疫を形成するための手段です。まだ発生していない、つまりこの世にないウイルスに対するワクチンですから、パンデミックワクチンは現在ありません。造れないというほうが適切でしょう。そこで、もしヒトーヒト感染する新型インフルエンザの発生が確認されたら、すぐさまそのウイルスを分離し、それをもとに不活化ワクチンを製造することになります。ワクチン接種により不顕性感染免疫獲得者を増やすことを目的としています。

しかし新型インフルエンザが発生してからそれを分離分析し、パンデミックワクチンを製造~配備するに6ヶ月はかかると言われ、日本の全国民分を確保するには1年半かかると考えられます。また、ワクチンの安全性を考えれば安全性確認試験をする時間も必要です。それを考えれば、パンデミックワクチン成功の可否は、ヒトーヒト感染が確認されてから(新型インフルエンザ発生)から、世界的流行(パンデミック)までの期間をいかに引き延ばすかにかかっているといえます。つまりフェーズ4段階での封じ込めこそが最も重要だということです。

もし初期段階での封じ込めに失敗し急速にパンデミックが起こってしまえば、対策は後手に回ることとなってパンデミックワクチンは最初の大流行には間に合いません。第1波の押さえ込みに失敗した場合には、パンデミックワクチンは第2波を押さえ込むための対策として活用されることになりますが、当然その意義は後退することになります。もし急速にパンデミックが起こってしまったら、その第1波の被害をできるだけ小さくする、つまりその規模をできるだけ小さくすることが、第2波に対するパンデミックワクチンの意義を高めることになります。


■プレパンデミックワクチン

プレパンデミックワクチンは、既にヒト感染を示したH5N1亜型鳥インフルエンザウイルスを分離し、それをもとに造ったワクチンです。ご注意いただきたいのは、あくまで鳥インフルエンザウイルスに対するワクチンなので、まだこの世にない新型インフルエンザウイルスに対するワクチンではありません。仮にそのH5N1亜型鳥インフルエンザウイルスから変異して発生したものであったとしても、近似したものであって同一のものではありません。

例年流行する季節性インフルエンザのワクチンはご存じでしょう。あれはその年に流行するであろうインフルエンザウイルス株を見込んで作っているワクチンです。見込みで作ったワクチンなので、当年流行するウイルス株に応じたものではありません。その結果がどういうものかを見れば、プレパンデミックワクチンの効果を推測する参考になるのではないでしょうか。

「インフルエンザワクチンの予防接種なんて効かないよ」とか「ワクチンの副作用が怖いから接種しないわ」という声もありますが、現在季節性インフルエンザに対するワクチンの予防接種の効果は、発症予防効果30~40%(ウイルスに曝露した際に発症する確率を30~40%減らす)・重症化予防効果50~60%(重症化する確率を50~60%減らす)・致死予防効果80%(死亡する確率を80%減らす)といわれています。

現在のインフルエンザワクチンの効果を見てもワクチンをしていてもひく時はひきます。プレパンデミックワクチンもまた接種していても罹る時は罹るでしょう。しかし軽症ですむのなら、つまり重症化したり死亡に至ることを食い止めることができるのなら、結果として顕性感染後免疫獲得者や不顕性感染免疫獲得者を増やすことにつながります。もちろんここでもワクチンの安全性については議論のあるところだと思います。

もうひとつ期待されることは、プレパンデミックワクチンを接種し免疫を誘導しておくことで、いざパンデミックワクチンを接種した際に新型インフルエンザに対する免疫が速やかに誘導されるのではないかという点です。まったく未知の強敵に本番でぶつかるより、似たような相手と事前に手合わせしておくことで、本番でも比較的早く相手の攻略法を見つけられるのではないという期待ですね。

日本においては現在1000万人分のプレパンデミックワクチンを備蓄しており、これを3000万人分にまで拡大するよう計画を進めていますが、ワクチンは思い立ってすぐ造れるものではありません。有精卵をあらかじめ確保しておくことから始めなくてはならないので計画的な対策が求められるものです。パンデミックを終息させるには人口構成員の60~70%が免疫を獲得することが必要だとなると、3000万人分のプレパンデミックワクチンでは不十分で、それこそ全国民分のワクチン備蓄が必要だと前述の岡田氏は主張しています。


■インフルエンザワクチン

現在毎年のように行われているインフルエンザワクチンの予防接種です。これで新型インフルエンザが防げるというものではないでしょう。別物ですから。しかしこれも上記と同じ理屈で、インフルエンザワクチンを接種しておくことが、プレパンデミックワクチンを接種した際の免疫誘導を促進し、プレパンデミックワクチンを接種しておくことが、パンデミックワクチンの免疫誘導を促進するということにつながるのではないかと期待されるわけです。ワクチンは接種したそばからウイルスに対するバリアが形成されるわけではありません。免疫誘導までの期間が短縮できれば、発症予防効果、重症化予防効果、致死予防効果の早期発現が期待できるのではないかという考え方です。


■インフルエンザ治療薬

タミフル、リレンザなどのインフルエンザ治療薬は、新型インフルエンザに対しても効果があるのではないかと期待されている薬剤です。実際に効果があるかは新型インフルエンザが起こってみなければわかりませんが、H5N1亜型鳥インフルエンザのヒト感染例では、早期に服用した場合には治療効果があった、つまり死に至らず快復したことが確認されています。逆に服薬が発症2日以降になるとガクッと生存率は落ちてしまいます。新型インフルエンザに前述のインフルエンザ治療薬が効くかどうかをわかりませんが、仮に効くとしても発症早期(24~48時間以内)の服用が必須でしょう。

インフルエンザ治療薬は、個人レベルで考えればインフルエンザを治す薬であるわけですが、と同時に社会的には重症化や死亡に至ることを食い止めることで顕性感染後免疫獲得者を増やすことにつながります。

今年2月、新型インフルエンザ対策に関する与党プロジェクトチームは、現在2500万人分を備蓄しているインフルエンザ治療薬タミフルについて、新型インフルエンザ患者の重症化を防ぐには2倍期間の服用が必要だとして、備蓄量を2倍に増強する必要性を検討していくことにしました。

結局のところ、現在の季節性インフルエンザも感染してから積極的に介入できる治療法はこれらインフルエンザ治療薬しかありません。あとは脱水に対して点滴したり、高熱に対して解熱剤を使ったりというような対症療法で生体機能維持の側面支援をするだけで、あとは個人の免疫力がウイルスに打ち勝つことを願うことになります。病状がひどければ病院へ救いを求めめすが、実際には有効な手だては限られています。新型インフルエンザもまた然りではないかと想像します。

もしも新型インフルエンザが大流行すれば、タミフルなどインフルエンザ治療薬の処方をもとめて患者は病院へ殺到することが予想されます。しかしそうなればそうなるほど病院が二次感染の媒体をなり、また病院機能も破綻しかねません。病院は重症者の治療に特化し、初期症状の患者に対しては病院窓口へ集中させないような方法が必要なのではないかと考えます。インフルエンザ治療薬は個人の治療のみならず、免疫獲得者を増やすことで社会的な流行の鎮静にもつながることなので、緊急時には医師の処方なしでも各国民に行きわたらせる方策はないものでしょうか。自宅静養の手引きとともに。

(全国民分の備蓄となると、医薬品としてはものすごい需要になるわけで、そんなことからも「新型インフルエンザ騒動は結局"あるある詐欺"なんじゃないの?」という詮索を呼ぶのかもしれません)

■個人レベルでの感染予防対策

急激な患者発生の増加を抑制しつつ、かつ免疫獲得者が増えるようにという、一見すると二律背反のような経過をもたらすには、個人レベルでどのようなことが寄与するのかということを考えてみましょう。

感染は、以下の要件があって成立します。
1)病原体が存在すること (ないものには感染しない)
2)感染するに見合う量があること (少なければ感染しない)
3)感染する経路が成立していること (伝わらなければ感染しない)
4)侵入する場所があること (入らなければ感染しない))
5)宿主に免疫がないこと (感染しにくい人には感染しない)

現在新型インフルエンザが流行していないのは1)の要件が満たされていないからです。
ワクチンは5)を阻むことを狙った対策です。
しかし感染対策はワクチンだけではありません。感染成立の要件をブロックすることで感染のリスクを低くすることは、私たちにもできる自衛手段です。

そのためにも、まず季節性インフルエンザの感染経路を参考に考えてみましょう。季節性のインフルエンザの場合、その伝染経路は飛沫感染です。患者のくしゃみや咳によってウイルス粒子を含む飛沫が周囲に飛散します。この飛沫は1回の咳で約10万個、一回のくしゃみで約200万個が飛散するといわれ、その到達距離は咳で1~1.5メートル、くしゃみで5~6mの距離まで届くといわれています。

インフルエンザ感染の多くはこの飛沫感染によると考えられますが、この飛沫の水分が蒸発するとより軽い飛沫核だけになって長い時間空気中に浮遊するため、同じ空間で空気を共有するとその飛沫核を吸い込んで感染が伝搬します。これが飛沫核感染、いわゆる空気感染です。

またインフルエンザは、咳やくしゃみ、鼻水などが付着したものに触れ、その手で鼻の粘膜などを触ることで接触感染することも想定されています。

新型インフルエンザがどのような感染経路をとるものになるかはわかりません。しかし現在の季節性インフルエンザに対する予防方法はある程度の示唆を与えてくれることでしょう。

1)感染機会を減らす

患者数を抑えるためには、まず感染機会を減らすことことが最も重要だと思われます。ウイルスと遭遇しなければ感染しない、極論すれば人と会わなければ感染しないという考え方ですね。具体的には速やかな学校閉鎖、集会の自粛や禁止、公共交通機関使用の自粛、宿泊施設使用の自粛などが考えられます。つまり狭い空間の中に大勢の人間を集めるような構造の所には行かないということです。食料や生活用品を備蓄して引き籠もることが推奨されるのもそのためです。感染リスクの高い条件下にいる集団が小さいほど、患者数は少なくてすむでしょう。なるべく外に出ず、実働人口規模を小さくすることは患者発生数を抑制し、医療資源の破綻を回避するうえで重要になるでしょう。

ちなみに大気中に拡散されれば急速にウイルス粒子の密度は低減し、またウイルス自体もほどなく不活化すると考えられています。ですから屋外のオープンスペースは比較的感染リスクが低いといえます。晴れた日に郊外をのんびり散歩することはそれほど怖いことではありません。逆に密閉された空間なら、窓を開けて定期的に換気する方がリスクは少ないといえます。

さて、問題は現代の世の中で、どの程度のことが可能なのかというところです。

例えば学校を閉鎖したとしましょう。親が家にいる家や祖父母が同居している家なら特に困難はないかもしれません。しかし核家族で両親共稼ぎとか母子家庭とかならどうでしょう。高学年の子供なら一人で自宅にいられるかもしれません。しかし低学年の子を一人で家においておくとなると心配です。これは幼稚園や保育所についてもいえます。子供を一定時間預けることで、働けて収入を得ている家庭では、途端に困ってしまいます。もちろんその中には看護師など医療現場で働いている人もいるわけなので、頭の痛いところですね。

2)ウイルス曝露量を減らす

たとえ人前に出る機会があっても、曝露するウイルス量が少なければ感染のリスクは少なくなります。逆に多量のウイルスを浴びればそれだけ感染リスクも高まります。

その環境内のウイルス量を減らすには、一つには換気があげられます。屋外の空気と入れ替え、室内空間中のウイルス密度を減らそうというものです。

また、加湿器などで湿度をあげることも乾燥を好むウイルスを不活化させるのに役立ちますし、一歩進んで抗ウイルス効果のある室内空間用の消毒薬を噴霧するということも考えられます。そのようにして室内空間中のウイルス量を減らそうという工夫です。

3)ウイルスの伝搬を阻止する

前述したようにインフルエンザは飛沫感染が主な感染経路です。目の前の相手に思い切りくしゃみをされたらたまりません。まず大事なのは、咳やくしゃみが出そうな時は、人に向けず、顔を背けて咳やくしゃみをするということです。この「咳エチケット」を普段から励行徹底することが求められます。

感染者の飛沫が直接他の人に到達しないようブロックする方策としてマスクがあります。伝染らないためにも、伝染さないためにも、三層式の外科用マスク(サージカルマスク)が推奨されます。完全にブロックできないまでも直接大量のウイルスに曝露することを減らす効果が期待されるからです。病院の窓口はもちろん、企業や学校など人の集まるところには三層式マスクを常備しておき、多少でも咳やくしゃみのある人には入り口から着用してもらうよう配布してはどうでしょう。(これまた感染対策商法になりそうですな)

飛沫が付着した物、机、テーブル、キーボード、マウス、ドアノブ、手すり、吊り革などに触れますと、その手で知らず知らず口や鼻に触れることで感染する可能性があります。というかそれが結構感染経路として大きいのだそうです。手洗いの励行は感染経路を遮断する上でとても重要です。できれば消毒タイプの液体石鹸で手のひらや指の間を念入りに。他人と共用するタオルは避けましょう。

それと、ついつい鼻をほじるクセのあるかたは要注意。何か触ったで直接鼻の粘膜をなで回すわけですから。とはいえあれはついつい無意識でやってしまうもの。"利き指"に指キャップでもしておくと少しは意識付けになるかもしれません。

  ハナクソを ほじる前に まず手洗い

4)ウイルスが入る入り口を封鎖する。

封鎖するといっても、完全に鼻や口を塞いでしまうわけにはいきません。昔からのガーゼマスクではウイルス感染には無効だとききます。三層式マスクでもそれだけで完全に防ぐ感染対策の切札というわけではありません。しかしそこは多少でも飛沫の通過を防ぐような三層式マスクを用いるほうが有利です。マスクはふんだんに用意し、感染している人もしていない人もマスクをするのが流行時のこころがけとなりましょう。もちろん「咳エチケット」とともに。

なお、感染対策用のN95マスクというのがありますが、あれは空気の漏れがないようにその人の顔立ちにあったものを選ぶ必要があるのだそうです。そして装着する度に漏れがないよう密着具合を確認しなくてはならいのだとか。それに相当に息苦しいものなのだそうで日常生活の中で使用するには無理があります。

ところで目と鼻はつながっていることをご存知でしょうか。飲んだ牛乳を目から出すビックリ人間の例を思い出していただければご理解できることと思います。目に飛沫が入ることで感染することを防ぐためゴーグルも役立つでしょう。コンタクトレンズを使用している人はメガネにしておくことも飛沫のブロックにはある程度役立つものと期待されます。さすがに町中や電車の中をフルフェイスのヘルメットで通勤するのはいかがかと思いますが(それでもいざとなればなりふり構っていられないかも)。

5)感染しにくい身体でいる

ワクチンの予防接種は、病原性を失わせたそのウイルス、あるいはきわめて近似したウイルスにあらかじめ軽く感染しておくことで、本物のそのウイルスに対して免疫のある身体を作っておく方法です。しかしワクチンで誘導される免疫機能だけが生体の防御機構ではありません。一度感染した病原体に対して記憶された特異的で強力な免疫機能を獲得免疫といいますが、それに対し、非特異的で即応性のある免疫機能は自然免疫と呼ばれます。ワクチンはその配給体制に頼らねばなりませんが、免疫力の優れた健康な身体を維持しておくことは普段の生活からこころがけられることです。もちろんそれだけで病気に罹らない不死身の身体になるわけではありませんが、同じ少量のウイルスに暴露した際に、容易に増殖を許し発病してしまうか、増殖を押さえ込んで不顕性感染で経過するかの違いはあろうかと思います。ですから「俺は健康だからマスクも手洗いも不要だ!ハッハッハッ!」というわけではなく。上述の予防法を励行しながら健康維持に気をつけるということになります。

季節性のインフルエンザについていえることですが、ウイルスは低温と乾燥を好みます。一方、乾燥は粘膜の機能を障害し、体の冷えは免疫力を低下させます。また睡眠不足やストレスも免疫力を低下させるそうです。芯から暖まるよう暖かい格好をして、熱を通した暖まる食べ物を、食べ過ぎない程度に食べ、しっかり眠る。つまるところ正しい生活習慣をこころがけることが大事になります。そう考えると、インフルエンザに対抗する生活はそもそも健康にいい生活といえるのではないでしょうか。足や腰やヘソを露出したり、偏った食事だったり、生活リズムが不規則で夜更かししたり、お酒やカラオケで喉をつぶしたりというのは好ましくないことになります。でも例年インフルエンザシーズンって忘年会新年会シーズンだったりするんですよね。

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