2009年4月14日火曜日

やさしい「戦闘教義」講座 8 兵器革命

戦史には兵器革命と呼ぶべき戦闘教義の転換点があったと松村劭氏はいいます。

第一次世界大戦はこれまで以上に「火薬」が最大限に威力を発揮した戦いでありました。物量を投じた機銃掃射が白兵突撃をなぎ倒し、大砲射撃が要塞を粉砕するというように火力打撃が勝敗を決するようになったのです。

第二次世界大戦になると「内燃機関」の登場が戦場の様相を一変させました。内燃機関を動力とした戦車、航空機あるいは潜水艦によって機動力を発揮することが勝敗の趨勢を決することとなりました。

冷戦時代になると「原子力」の圧倒的な火力の前に軍事力行使の目的と戦域が制限されました。有形戦争は限定戦、非対称戦となり、全面戦争や対称戦争の戦場は物質世界から無形化世界へと移行しました。

現代は「情報・通信」により新しい戦闘教義が模索されているところにあります。

ここで注目すべきは戦闘教義の変革をもたらすような新兵器は、実はそれ以前から登場していたことであります。火薬は第一次世界大戦の前から存在していました。第一次世界大戦で変わったのは、機銃掃射を白兵突撃への防御として使うという点です。戦車も空母も潜水艦も第一次世界大戦中に登場していました。第二次世界大戦で変わったのは、歩兵突撃の支援として使われていた戦車を機動力いかした電撃戦に、艦砲射撃の支援として使われていた空母を航空戦の基地として、戦艦決戦の伏兵として使われていた潜水艦を補給レーンの破壊を目的として使うようになったことです。原子爆弾もロケットも第二次世界大戦の末期に登場しました。冷戦中に変わったのは長距離核ミサイルが抑止力として機能するようになったことです。現在はインターネットが普及しましたが、これもその商用利用はベルリンの壁崩壊前です。革新的な技術は、それ登場したから戦闘教義が一変したのではなく、その運用の仕方、つまり新たな戦闘教義を生み出したことで画期的な変革をもたらしたといえましょう。

戦車は当初、歩兵部隊の支援でありました。戦車部隊を電撃戦に使うというアイディアはイギリスのフラー退役少将が発案し、『機甲戦』を記しました。これは同じくイギリスのリデル・ハートや、アメリカのパットン将軍、ドイツのグーデリアン大佐、フランスのド・ゴール将軍などに影響を与えました。戦車を機動力として使うという戦闘教義は多くの軍人がアイディアとしては持っていましたが、そのアイディアを採用したのはドイツのヒトラーだけでした。つまり、戦闘教義自体のアイディアは潜在的に存在していても、それを実現するのは戦闘教義が採用されるか否かであり、採用されたことによって後の優位を決定づけるといえます。採用されない場合はというのは「そんなもの採用する必要はなかろう」と上層部が思っている場合で、それは往々にしてそれ以前の教義による成功体験が横たわっています。逆に存亡の危機にある組織(国)ではアイディアを絞り出すし、それに掛けることで現状を突破しようとします。必要は発明の母ですね。ゆえに新たな戦闘教義は既存のパラダイムの中心からではなく辺縁から生まれることとなります。

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