2009年4月1日水曜日

やさしい「戦闘教義」講座 2 戦闘教義の設計

戦闘教義の設計

「戦闘教義」は得意技ですから、その軍隊(あるいはその個人)が持つ能力を最大限引き出すものであることが望ましく、そのためにはその軍隊(あるいはその個人)の特質をよく知っている必要があります。山の民族には山の民族なりの、海の民族には海の民族なりの、草原の民族には草原の民族なりの特質を活かした戦闘教義が理に適っています。日頃馬に乗って家畜と暮らしている民族は、もともと馬も飼っていて騎馬にも長けているのですから騎馬を利した戦闘教義を導入するのは合理的です。「そうか馬で戦うのがいいのか!じゃぁ俺たちも」と思ってもそもそも馬を飼い馬に乗る生活をしていなければ身に合わない戦闘教義となります。

例えばサッカー日本代表が肉弾戦を中心にした戦闘教義を採用しようというのは無理があります。ではフィジカルコンタクトはどうでもいいのかというと、これは苦手の克服として必要です。弱点を1回突かれれば敗れてしまうのと、3回突かれると敗れるとのとでは、こちらが勝利のチャンスを掴む確率が違ってきます。弱点を克服しておくことは敗れる確率を少なくするために必要です。しかしだからといって、そこに持ち込んで勝つという戦闘教義とはなりえないわけです。もちろん弱点を突かせておいて得意技に持ち込むというのはありです。これは弱点を陽動とした戦術であって、弱点が戦闘教義になっているわけではありません。

まったく新しい戦闘教義を開発し導入しようとするのは画期的なことです。そのためには十分な準備期間訓練期間が必要になります。長篠合戦で武田騎馬隊を破った織田鉄砲隊は、その時の思いつきで出来たわけではありません。鉄砲を用いた戦闘教義を確立しようと思えば、まずは鉄砲という最新兵器をまとまった数確保しなければなりません。相当量の火薬も必要です。火薬の原料となる硝石はすべて輸入でしたから港町と商人を押さえなければなりません。言うことを聞かせるだけの権力、購入するだけの財力も必要です。そうして準備をして、最新兵器に習熟するよう兵を教育し、組織として機能できるように訓練しなくてはなりません。画期的な戦闘教義は技術革新(イノベーション)が契機になることが多いですが、それを戦闘教義にまで昇華させるには綿密な計画と準備が必要なのです。戦闘教義は戦略によって作られます

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