2009年4月25日土曜日

組織の崩壊と機能の維持 1 組織の維持とは (2008/09/16)

組織の維持とは

およそ、組織というものには目的があります。そして、その目的を果たすための機能があります。機能を維持するためには、維持するための努力が必要です。一度作ってしまえば、あとはメンテナンスフリー、というわけにはいきません。組織が維持すべきは目的を果たすための健全な機能であって、組織の構造自体や体面、ましてや利権ではないのです。夫婦は夫婦の機能を維持し高めるべく互いに努力するのであって、夫婦という体裁や体面を維持するのではありません。学校は学校が持つ本来の目的を果たすべく、その機能の質と健全性を維持向上させるために努力すべきで、学校の体制や体面を維持するのではありません。病院は病院の目的を果たすためにその機能を維持するのであって、病院の体制を維持するのではありません。もちろん、国家国政を運営する官僚機構もまた然りです。

組織が構成されているということは、エントロピーが低い(つまり凝集している)状態なわけですから、エネルギーを投入して維持しようとしない限り、エントロピーは低くなる、つまり拡散する、崩壊するものなのです。そこで組織を維持しようとすれば、維持する努力が必要になるのですが、ここで注意しなくてはならないのは、その維持の努力が、「機能」に向けられるのか「構造」に向けられるのか、ということです。

ところで、「機能」と「構造」は相互的なものです。より良く、つまりより合目的的に機能するよう、構造があります。水泳選手は速く泳ぐという機能にふさわしい体つきになりますね。機能は構造を求め、構造は機能を支えるといえましょう。しかも、その「機能-構造体」は何時如何なる場合にも成り立つというものではありません。その機能ー構造体が最適に機能するのは、その状況の下においてのことなのです。一般に、私たちが当たり前に思っていることも、ある条件下において成り立つものであって、多くの場合絶対というものではありません。平行ではない2つの直線は1点でしか交わらない、というのは平面上においてしか成立しないというのと同じです。機能ー構造体においても、その最適性は条件に依存するといえます。

機能ー構造体は、環境あるいは状況という外的条件の中にあります。そして外的条件の影響を受け、外的条件に影響を与えます。人体という機能ー構造体なら自然環境、社会環境の中にあり、その影響を受けまたそれに参与します。会社組織なら社会情勢の中にあり、国家組織なら世界情勢、地球環境の中にあります。これら、個人、組織、社会、地球はそれぞれ互いに影響しあい、そのため絶えず変化しています。

行く川の流れは絶えずして、しかももとの水にあらず。よどみに浮ぶうたかたは、かつ消えかつ結びて、久しく 止 とゞ まる事なし

条件の変化が少なければ、その機能ー構造体を大きく変化させる必要はありません。むしろその構造を変えないほうが適切です。しかし、機能ー構造体を取り巻く環境・状況が常に変化しているのですから、条件は変化しているわけです。かつてはこの条件下で最適であった機能ー構造体も、時代がくだって条件が変われば適切性を失います。この時、機能の最適性を維持しようとすれば構造を変えねばなりません。逆に構造を維持することにとらわれれば機能を失います。本来、目的を果たすための機能であり、その機能を支持するための構造であったわけですから、構造を維持しようとして機能を失い、目的を果たせなくなるのは、本末転倒です。ところが社会組織においては、構造を維持するなかで利益(報酬、勲章、名誉、生活保障など)が発生しているので、条件が変わり機能維持のため構造を変えなければならない状況になってもなお、その構造を維持しようとします。ひらたくいえば、利権が発生している組織は硬直化しやすく、状況が変化し、本来の目的を果たせなくなろうとしてもなお、変わろうとしない、ということです。

会社だったら、組織が硬直して時代の変化に対応できず、社会的使命を果たせなくなったとしても、また別の会社が勃興するということでいいのでしょうが、これが国家となると事は重大です。まして文明となればさらに深刻で、現在の炭素文明がまさにそういう岐路にあるわけです。もちろん、炭素文明に寄りかかっている世界の国々も否応なくそういう局面に直面しています。世界でも有数の炭素消費国、日本であればなおさらです。しかし、世界第二位の経済大国として成功した現在の日本は、その成功体験ゆえに構造が硬直化し、この激動の時代にあってなお構造を変えることができず、まさに機能を失いつつあるように見えます。

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