2009年4月24日金曜日

東京原発 (2008/08/06)



「東京原発」は広瀬隆著の『東京に原発を!』を基に製作され、2004年に公開された映画です。
多くのシーンは会議室でのやり取りであり、都内のロケシーンであっても派手な仕掛けがあるわけでもないので、この映画の制作予算が限られていることは明らかです。にもかかわらず、その脚本の妙と俳優さんの味で、見事な社会派エンターテイメント映画、あるいはエンターテイメントの形をとった反原発の教育映画、風刺映画に仕上がっています。

物語は、財政再建を目指す東京都知事が、東京に原発を誘致しようとするところから始まり、役所広司さん扮する東京都知事のワンマンぶりがコミカルに描かれています。劇中では都知事に原発がいかに都の財政に寄与するかをアピールさせつつ、原発推進のためのバラマキ政策や、電気を人質にした脅迫、都市の電気のために地方に原発の負担を負わせている現状、電力会社の借金体質、原発のエネルギー効率の悪さ、六ヶ所村再処理施設の不適切性に言及させて問題提起をしていきます。ドラマが佳境に入るのは原子力発電の専門家である東大教授の登場からで、原子力安全委員会の専門家の軽薄なバカっぷりとこの教授の冷静な解説を対比させつつ物語は進みます。ここがこの映画の狙いだと思うのですが、賛成反対相行き交う都庁幹部たちと、原子力の専門家である教授とのやりとりという形を借りて、原子力発電所についてや国の原子力政策の欺瞞をレクチャーしていきます。

まずは原発と地震との関係について触れます。原発が『関東大震災の3倍の地震にも耐える』という言説の欺瞞について明かしてゆきます。一般建築の耐震基準は関東大震災の被害から算出した200ガル(ガルは加速度の単位)であり、浜岡原発の耐震性能はその3倍の600ガルであること(他の原発は平均でだいたい400ガル程度)が示されますが、そもそも200ガルというのは震源である相模湾から50km離れた都心での被害状況から推定されたものであり、横浜川崎は900ガルの揺れであったと推定されることが明らかにされます。阪神淡路大震災では最大820ガル以上あったとされます。優に浜岡原発の耐震性を超えています。

次に、原発を止めれば停電するという誤解について明らかにしていきます。『日本の電力の1/3は原子力でまかなっている』と言えば、原発が止まれば電力不足になるという印象を与えますが、実際には水力・火力はその発電能力の2割から4割しか使っていないので、その発電能力を存分胃利用すれば原発を止めても補える、というのです。現在の生活はすでに原発に依存しており、もはや原発は欠くことができないという私たちの思い込みは、実は誤解である(あるいは洗脳である)というわけです。

物語はその後、ウラン資源の枯渇や、日本の原子力開発予算がオイルショックの20年前、原爆投下から10年も経っていないうちから始まっていることにも触れ、放射性廃棄物の処理問題、核拡散、テロの危険、プルサーマルの欺瞞、放射線被曝・放射能汚染の危険性、最終処分の困難さについて言及してゆきます。

物語はこのあたりから急展開を見せ始めますが、それは見てのお楽しみ。


■「東京原発」に対する反論

「東京原発」のオフィシャルサイト(http://www.bsr.jp/genpatsu/)を見ますと、「全日本原発MAP」のページがあります。この地図の情報は「原子力市民年鑑2003(原子力資料情報室 編)(http://cnic.jp/)」より抜粋したとのことですが、このサイトは原発に反対する立場のサイトのようで、「東京原発」の劇中で語られる原発に関する言説もこういった反対の立場からのものと思われます。

これに対し、この「東京原発」に対する反論もあります。「エネルギー問題に発言する会(http://www.engy-sqr.com/)」というサイトには『映画「東京原発」にみられる間違い(http://www.engy-sqr.com/watashinoiken/iken_htm/ogasawara_tokyogenpatu.htm)』と題する意見が寄せられています。ちなみに、この「エネルギー問題に発言する会」の会員名簿を見てみますと、三菱、日立、東芝といった原発メーカー御三家、東電など電力会社、ゼネコンなどそうそうたる顔ぶれが名を連ねています。

『映画「東京原発」にみられる間違い』という意見によりますと、この映画では誤った情報が語られていて、いたずらに原発に対する恐怖心を煽りかねず、いくら娯楽映画と言えど看過できないと、劇中の表現を一つ一つ取り上げて反論しています。その中にはもっともな指摘もありますが、反論というより異論というべきものであって、決して物語中の主意を否定するものではないものもあります。

例えば、劇中の「世界中の増殖炉計画も危険すぎて廃止されている」との表現に対して、「日本だけでなく露、仏、中、韓、インドで開発計画が進められている」と指摘しています。開発計画が進められていることと廃止されていることは並立することなので、これは一方だけでなく他方も並記する指摘といえましょう。私にしてみれば、露、仏、中、韓、インドが開発していることが安全性を担保するものであるとは思えませんが。

また、「昭和29年の国会における初めての原子力予算審議が何の議論も批判もなく抜き打ち的に行われた」との表現に対し、「反対派も存在したが、共産、社会党も賛成し珍しく全員一致で通った国会史上稀な例であった。戦後日本で禁じられていた原子力研究が許可されることで国を上げて歓迎した」と指摘しています。『抜き打ちじゃない』ということを主張しているのだと思うのですが、戦後10年にも満たない時点といえば、そこにアメリカの意志が関与しないわけがないでしょう。そこで全員一致で通ったというほうがなんか危ういように思います。それに全員一致だったから正しいというものでもないでしょう。世の中には「全員一致は無効」という考え方もあるようですし。

他にも多くの点に関して指摘をしていますが、私としては劇中の主張を覆すものとは思えないものも少なくありません。これ以外にも原子力に関する言説には賛否さまざまな意見があります。原発推進派の人も様々で、真剣にエネルギー問題を考え、科学技術の力を信じてなんとか問題を解決しようと努力している人もいるでしょうし、巨大利権にぶら下がっている人もいるでしょう。反対派もその背景は様々だろうと思います。そこは推進派・反対派双方のプロパガンダ戦の最前線にあるという印象を受けます。

■原発と地震

ところで、この『映画「東京原発」にみられる間違い』という意見では、一番最初に原発の耐震性についての間違いを指摘しています。それによると、浜岡原発の設計地震加速度600ガルとは、地面を硬い岩盤まで掘り下げた時の解放基盤での加速度であって、地表で測定された関東大震災の900ガル、兵庫県南部沖地震の820ガルと同列には論じられない。解放基盤で600ガルを記録する際の地表の加速度は1300ガルとなる、というもので、間接的に浜岡原発は1300ガルに耐える耐震性で設計されていると言っているようです。

ところが先月、今年6月の岩手宮城内陸地震の際に記録された地表の加速度は、これまで最高の4022ガル(!)であったというニュースがありました。

岩手・宮城地震の加速度、国内最大4022ガル
http://www.asahi.com/special/08006/TKY200806160072.html
2008年6月16日11時9分
 岩手・宮城内陸地震の震源に近い岩手県一関市で、防災科学技術研究所の観測網が国内最大の4022ガルの加速度を観測していたことがわかった。重力の加速度は980ガルで、上下方向でこの値を超えると地上のものが浮くことになる。これまで04年10月の新潟県中越地震の余震のとき同県川口町で気象庁が観測した2515.4ガルが最高だった。

 観測地点では上下方向に3866ガルが記録され、これに東西と南北の水平2方向を合わせ、4022ガルになった。水平方向より上下方向の変動が大きく、観測地点は断層沿いで、地盤がもう一方の地盤に乗り上げた側の直上だった可能性があるという。

 今回は、地震を起こした断層に極めて近いところに観測点があったため大きな値が観測された。防災科研は「断層の真上がどのように揺れるかを観測できた基本的な記録で、今後の地震対策のための貴重なデータになる」としている。

もうこうなると、600だとか、900だとか、あるいは地表なら1300ガルだというのも、なんだか馬鹿馬鹿しくなります。断層直上なら4000ガルもあり得るということが示されてしまったのですから。

今年は地震の当たり年なのか、やたらと地震が多いように感じます。しかも近年起こった地震の近くにはなぜか原子力施設(核施設)があるような気がします。茨城沖群発地震というと、東海第二原発、東海村再処理施設。岩手宮城南部地震というと、女川原発。今回の岩手青森地震はいうと、東通原発、六ヶ所村核処理施設。昨年の新潟県中越沖地震では柏崎刈羽原発で火事があったことは記憶に新しいところです。海外に目を向ければ、四川大地震もまた支那の核施設が集中していたところだという話しもあります。こうしてみますとなんか核施設があるところで地震があるとすら感じます(ちょっと"陰謀論"とか"オカルト"みたい)。

核施設と地震との関係について、以下の可能性が考えられます。
1.核施設と大規模地震には有意な相関はない。そう見えるのは気のせい。
2.核施設と大規模地震には有意な相関はあるが、それはまったくの偶然。
3.核施設の好適地と大規模地震が起きやすい地域が重なっている。
4.核施設が大規模地震を誘発している。
5.大規模地震の起こるところを選んで核施設を作っている。
6.核施設の近くを狙って大規模地震を起こしている。
さて、どれでしょう?


■人が扱うべきではない技術

「東京原発」は娯楽映画としてもよくできています。広く多くの人に見ていただきたいものだと思います。しかし「東京原発」がテレビで放映されることはないでしょう。理由は、日本のテレビの成り立ちと日本の原発の成り立ちについての私の妄想です。どちらも日本に埋め込まれた軛のようなものではないかという気がします。

では、私自身の意見はどうかといいますと。「原発は廃炉の方向。他のエネルギーに置き換えてゆくべき」と考えます。理由は、一つには核廃棄物の問題。もう一つには地震の問題です。解決のつかない問題を子孫に積み残すのは罪だと思いますし、原発は直下型地震に耐えられないと思うからです。それに安全管理の問題もあります。私は基本的に人間のやることに絶対安全などない、完全な管理などないと思っています。日本の原発の安全管理は世界最高水準だと宣伝されます。おそらく現場の人は一所懸命に頑張っていることでしょう。仮に現在の日本の安全管理が非常に高いクオリティだとして(それでも不測の事態は起こりうると思いますが)、それが他の国においてもそのクオリティが維持されるのでしょうか。日本の財政が破綻して貧乏になってもそのクオリティは維持されるのでしょうか。日本の人口が減ってもそのクオリティは維持されるのでしょうか。石油が枯渇してもそのクオリティは維持されるのでしょうか。日本人がすさんで人の質が低下してもそのクオリティは維持されるのでしょうか。

原発は"万が一"の際のリスクが大きすぎます。人が扱うべき技術ではありません。

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