2009年3月16日月曜日

集団のすゝめ


諸子百家(しょしひゃっか)とは、中国の春秋戦国時代に現れた学者・学派の総称。「諸子」はもろもろの学者を、「百家」は多くの学派を意味する。

春秋時代に多くあった国々は次第に統合されて、戦国時代には7つの大国(戦国七雄)がせめぎ合う時代となっていった。諸侯やその家臣が争っていくなかで、富国強兵をはかるためのさまざまな政策が必要とされた。それに答えるべく下克上の風潮の中で、下級の士や庶民の中にも知識を身につけて諸侯に政策を提案するような遊説家が登場した。 諸侯はそれを食客としてもてなし、その意見を取り入れた。さらに諸侯の中には斉の威王のように今日の大学のようなものを整備して、学者たちに学問の場を提供するものもあった。

前漢初期の司馬談は、諸子百家を六家(六学派)に分類した。

世界の万物の生成と変化は陰と陽の二種類に分類されると言う陰陽思想を説いた。
後、戦国時代末期に五行思想と一体となった陰陽五行思想として東アジア文化圏に広まった。

東周春秋時代、魯の孔子によって体系化され、堯・舜、文武周公の古えの君子の政治を理想の時代として祖述し、仁義の道を実践し、上下秩序の弁別を唱えた。
徳による王道で天下を治めるべきであり、徳治主義を主張した。

博愛主義(兼愛交利)を説き、またその独特の思想に基づいて、武装防御集団として各地の守城戦で活躍した。墨家の思想は、都市の下層技術者集団の連帯を背景にして生まれたものだといわれる。
また実用主義的であり、秩序の安定や労働・節約を通じて人民の救済と国家経済の強化をめざす方向が強い。
特に兼愛、非攻の思想は諸子百家においてとりわけ稀有な思想である。

徳による統治を説く儒家と異なり、法による統治を説いた。
戦国の七雄に数えられた秦に仕え、郡県制に見られるような法家思想に立脚した中央集権的な統治体制を整え、秦の大国化に貢献した。
法治思想は名前を変えて漢帝国や歴代の帝国に受け継がれていった。

一種の論理学を説いた。
その末流は往々にして詭弁に陥り、とくに公孫龍が唱えた「白馬非馬」(白馬は馬に非ず-白馬は『白馬』であって『馬』ではない)は後世、詭弁の代名詞にもなった。

老荘思想が最上の物とするのは「道」である。道は天と同義で使われる場合もあり、また天よりも上位にある物として使われる場合もある。「道」には様々な解釈があり、道家の名は「道」に基づく。
老荘思想に基づいて哲学的問答を交わす清談が南朝の貴族の間で流行した。
老荘思想は仏教とくに禅宗に接近し、また儒教(朱子学)にも影響を与えた。

班固は『漢書』芸文志で、諸子百家を六家に三家を加えて九流に分類した。

外交の策士家たち。
巧みな弁舌と奇抜なアイディアで諸侯を説き伏せ、あわよくば自らが高い地位に昇ろうとする、そのような行為を弁舌によって行う者が縦横家である。
「縦横家」という言葉も彼らの策の名前に由来する(「縦」=「従」諸国が連合し秦に対抗する=合従、「横」=「衡」秦と同盟し生き残りを図る=連衡)。

儒家、道家、法家、墨家など諸家の説を取捨、総合、参酌した学派。

神農の教えによれば、賢者・王侯といえども耕作や炊事の万端を自分の手で行うべきであり、このやり方に従えば物価は一定となり国中で偽りをする者がいなくなる、という主張であった。「農」を強調する考え方は、毛沢東の革命戦略を引くまでもなく、近年まで中国で有力だったことは疑えない。

さらに、これに小説家を加えたものを十家としている。

故事(世間の出来事、説話など)を語り伝え、書物にして残した。稗官、すなわち民間の風俗を管理管轄する役人の間から発生したと推察される。

そして、十家に兵家を加えたものを諸子百家という場合が一般的である。

軍略と政略を説く。一般的に戦争に勝つための学問と考えがちであるが、無意味な戦争を批判したり、戦争遂行のための富国強兵論を唱えるなど、単純な「軍事優先」主義ではない。
今、ネットを見ますと、様々な方が意見を述べておられ百家争鳴の感があります。斬新な切り口、深い洞察、時には批判し、時には提言し、世情を縦横に論じていて、国際政治や金融経済の裏舞台から国内の様々な工作暗闘など、なるほどと思うような情報やそういうことかと唸るような見方を拝見していると、とても勉強になります。ところがこうしたブログなどの記事を見ていますと、批判したり糾弾したりする記事は多くとも、ではどうしていくかという創造的な道程を提示されているものはあまり見かけません。政治家にむけて「もっと○○せよ」と呼びかけたところで、そしてそれを読む人が「そう、そう!」と思ったところで、それで政治は変わるものでしょうか(実際、ホントのところ政治にはもはや期待してないでしょ。みなさん)。現状を打破する、既存の枠組みを壊すところまではいっても、新しいものを創るとなるとなかなか難しいものです。

このブログは「連山」にリンクしていただいておりまして、「連山系ブログ」なわけですが、連山の特徴はあの難解な書き口だけではありません。一番の特徴はブログ界に集団戰を持ち込んだところにあると思います。いろんなコラムニストさんがコラムを提供していますし、さらにリンクする関連ブログも広がっています。集団で発信することで“ブロガーの息切れ”現象を回避するとともに、人を集め、集団を組織化し、企画を起こして、実践しようという試みです。個人のアルファブロガーを富士山型とするなら、連山はその名の通り連山型です。孤高を貫く姿にも価値はありますし、群れるのは好きじゃないという向きもありましょう。しかし、個できわだっていても、集団となればまた別なもの。宮本武蔵がどれほど強くても戦局に及ぼす影響となると一人分+αです。

連山に参加するのも良いですし、別にそうでなくても良いです。連山に対しては「なんか近寄りがたい」とか「あの上から目線が気に入らん」とか思う方もいらっしゃるでしょうから。連山に参加するというのではなくとも、ブログ集団を結成して集団的に展開した方が、その及ぼすインパクトは大きくなるのではないでしょうか。現在でも互いに引用したりリンクしたりする繋がりはあるでしょうが、一つの集合として運営機能するとなると、また違った展開が生まれます。思わないよりは思うほうがいい。でも思念だけでは変わりません。発言しないよりは発言するほうがいい。でも言葉だけでも変わりません。集合しそれを組織化し、何か企画を現実化する。長沼伸一郎氏は、人気があるとか評判がいいといった連続量で表されるものを「アナログ力」、当選したとか出版したといった“有無”で表されるものを「デジタル拠点」といい、無形化戦略においてはアナログ力を高めて「デジタル拠点」を確保することが重要であるといいました。行動するブロガーを集合化~組織化することが、ブロガーやそれに賛同する人たちの思いを結実するうえで重要になってくるのではないかと思います。

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