2009年3月4日水曜日

義を見て為ざるは勇無き也

見義不爲 無勇也  (『論語』)

孔子の有名な言葉ですね。意味はご存じの通りです。なるほどと思うものの、いざ実践するとなるとなかなか難しいですね。ついつい「君子危うきに近寄らず」などと自分に言い訳をしてしまうことも度々です。

義とは、人間の行うべき正しいすじみちの意味ですが、「義」という字のもともとの義は、「かどめがたって格好のよいこと」だそうで、つまり「きちんと筋が通って格好がいい振る舞い」ということのようです。男の美学みたいですね。そう見ますと、義とは行動を伴います。実践です。ですから行動を起こすために勇断が必要になります。「{義を見て為ざる}は{勇なき}なり」は、「{勇あり}ならば{義を見て為す}なり」ということでもあります。勇気があれば筋の通った格好の好い振る舞いをするものだといえましょう。ここでひとつ悩むのが「勇気はいかにして身につくのか」ということです。

逆は必ずしも真ならずといいますが、私はこの場合「義を為すことが勇を作る」のではないかと考えます。屁の突っ張りでも、カッコいい振る舞いをする。かどめのたった、正しい振る舞いをする。小さなことでも道理にかなったあるべき行いを実践する。小さな勇気が次の行いを喚起し、その行いがまた勇気を育てる。その小さな積み重ねが、種火を起こすように、勇気を生み育てるのではなかろうかと。そのように思います。


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