2009年2月1日日曜日

傘がない

アメリカが弱っています。景気対策法案が発表されましたが、その中にはアメリカ製鉄鋼を使う事がもりこまれました。グローバルだとか自由貿易だとか言っていたアメリカが、もはやそんなことを言っていられないのでしょう、保護主義の色彩を強めているようです。


アメリカが内向きになって、北米大陸に引きこもるようになりますと、気になるのが日米安全保障条約いわゆる「日米安保」と「在日米軍」です。これはすでに様々なヒトが取り上げているところなのですが、マスコミではまったく無視に近い扱いなので、広く一般の人の話題にのぼることはないようです。お笑いとクイズ番組を見ながら、差し迫った現実は見ない考えないことになっているようです。

「核の傘」とは使い古された表現ですが、これは放射能の雨から身を護るための傘です。ミサイルの雨といってもいいでしょう。これまで日本はアメリカの傘に入れてもらうことで身を護ってきました。日本は敗戦国ですから自前で傘を持つ事が難しかった(実は日本の思いこみかもしれませんが)のと、被爆国で悲惨な思いを経験していますから、核保有など考える事すら以ての外だという“核アレルギー”があります。ですから「日本の核武装」という議論は危険思想というくらいの扱いでした。日本は核兵器の廃絶を世界に訴える平和国家だというのも一面ですが、在日アメリカ軍が基地を持ち、アメリカの核抑止力の庇護下にあったのもまた事実です(実際核戦争になったらアメリカが報復攻撃してくれるかわかりませんが)。ジャイアンの後ろに隠れながら「ケンカはよくないよ」と言っているのび太みたいな構図です。まぁそのためジャイアンにいろいろと便宜を図らなくてはならないのですが。それを潔しとしない潔癖症の人達は、丸腰になって訴えるべきと言いますが、その中には丸腰になる事を望んでいる者の意向を受けている人も入っているでしょう。私は現実的ではないと思っています。

アメリカが相対的に弱体し内向きになってくれば、はたして日米安保は機能を維持するのか。条約といっても所詮人の決め事ですから空虚なものです。古今東西、破棄された条約、更新されなかった条約は沢山あります。剛田商店が破産してジャイアンが引っ越す事になり、「もうそんなことしていられないんだ。そっちのことはそっちでやってくれ」といわれたらのび太はどうするのでしょう。あるいは不良に「のび太をやるから俺には手を出さないでくれ」とか裏で取引があったら。もちろんドラえもんはいません。新たなボスに擦り寄るか(その相手はジャイアンよりましなのか、ジャイアンより過酷なのか)、自分で自分の身を護るか。自分を鍛えるのもいいでしょうし、他の人と手を組むのもいいでしょう。いずれにせよ自分で自分の身を護るにはそれだけの覚悟が必要です。しかしその覚悟が自らを自立させる原動力となるのです。

日本は核保有国に囲まれています。戦略兵器の力は圧倒的で、戦術兵器がいかに充実していても、戦術兵器で戦略兵器の有無の差を逆転することはできません。どれほど最新の戦闘機をもっていても、東京に一発核ミサイルと打ち込まれたら日本の機能は即死です。「そんなことはしないだろう」と高をくくってはいませんか? 実際にアメリカは使用しました。他の国が使用しないという保障はありません。使用するならいきなり相手の頭を潰す方が損害が少なくて確実です。一度現実に起こった事が二度と起こらないという保証はないのです。だからこそ起こらないように現実的な方策を日日取り組んでいなければなりません。起こらなければそれにこしたことがないことに対してどういう態度で望むか。ないことにして考えないでおくのか、合理的に考え準備をしておくのか。準備がしてあることが厄災を遠ざけるもので、防犯のしっかした家と全然考えていない家ではどちらが抑止効果があるかを考えれば明白でしょう。話し合いのテーブルに着くにも、対等な背景があってのことです。

直面する現実を否認していれば待っているのは破滅でしょう。起こってほしくない事は考えないでは済まない局面にきています。


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