2008年11月2日日曜日

自給自足

人は生存するためにエネルギーと水を必要とします。そのため、それを獲得するために行動します。エネルギーの獲得は、木の実や果実を採ったり(採取)、魚や鳥や小動物を獲ったり(狩猟)することで叶います。自然に注ぐ太陽エネルギーが十分で、木や草や、魚や鳥や動物が(人に対して)豊富にあればそれで問題はありません。しかし、太陽エネルギーの供給が少なくなるなど、なんらかの理由から獲得が困難になり、獲得するために投入するエネルギーと獲得したエネルギーの採算が合わなくなると、途端に困ってしまいます。

そこで、人はエネルギーとなる植物(木の実、果実、芋、穀物)ものを集中的に育てる(栽培)ことを発見しました。ところが、これも同じ土地では限度があります。干魃や洪水など自然の不確実性の影響も受けます。そこで今度は、草を変換してエネルギーとなる動物を飼育して、さらに移動する(牧畜)することを発明しました。

年間を通して安定した太陽エネルギーに恵まれ、それゆえに常に一定の食糧が得られればよいのですが、現実にはそうはいきません。そのため、獲得したエネルギーを通年で平均化する必要が出てきます。それを可能にするのが保存技術です。干す、漬ける、発酵させる。食品加工の始まりです。こうして食糧を貯えることができるようになり、エネルギーの安定供給が可能になりました。

このように、人はエネルギーの獲得をより確実で安定したものにするための工夫を創造し、それを生存のための情報に組み込みました。内的情報体系である遺伝子に、外的情報体系である文化(伝統・伝承)を付与したといえましょう。親から子へ、子から孫へ受け継がれる外部記憶装置です。

いずれにせよ、すべてが自分あるいは家族でまかなえているのならば、特に問題はありません。これが自給自足です。


現代においても、自給自足が可能なら、他に供給を求める必要はありません。すべて自給するとはいかないまでも、野菜を育てる、穀物を育てる、漁をして魚介類を捕る、あるいは自分で衣類を作る、必要な物資を作ることができれば、他に必需品を求める必要は少なくなります。

家庭菜園、ベランダプランター、干物作り、漬け物作り、味噌作り、手芸裁縫、家具什器作りなどなど。これらの趣味に興味を持ち実践している人が増えています。もっとも昔は家庭で当たり前にやっていたことに戻っているのですが。

昔は親から子へ、姑から嫁へ伝承されていたのでしょうが、これらの外部情報体系を今一度整備し、誰もがアクセスできるようにしておくことは有意義なことでしょう。

考えを広げてみれば、これはなにも野菜作りや釣りなどで食糧を生産するだけではありません。薪を集める、炭を焼く、家を建てるというのも自分自身でやれれば自給自足です。物事を学ぶとか技を磨くということも自分自身で探求すれば自給自足です。トンネルを掘る、水を引く、電気を起こすも、独力でできれば、それもまた自給自足です。

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